移住者・住民VOICE

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更新日:2018年12月10日

川西厚さん

  • 山里エリア
  • 地域の活動

浜松山里いきいき応援隊(平成30年6月任期終了)

川西厚さん

「農業を通じて地域のコミュニティを育む」

太陽の下、畑で働くつつましい生活に憧れて

灯篭流し

オーストラリアやインドなど、10年ほどバックパッカーをしていた川西さん。自然に近い暮らしを目の当たりにして、いつか田舎に住んで農業をしたいと思うようになります。海外で知り合った友人の紹介で、三ヶ日のミカン農家で3年働いた後、山いき隊に応募。

「晴れの日が多く、冬でも暖かい浜松市は、移住して農業をするのにも、暮らすのにもぴったりだと考えましたが、春野は浜松の北にあるので、意外に冬が寒くてびっくりしました」と笑う川西さん。

春野地域の中心部からつづら折りの山道を車で30分。勝坂と呼ばれる北部にある11世帯ほどの小さな集落が、川西さんの最初の住まい。まずはお茶会を開き、話を聞くことから活動を始めました。勝坂では8月の送り盆に麦わらを編んで灯籠流しを行っていましたが、3年ほど前、高齢を理由に最後の作り手が引退。代わりに稲わらを使うも、すぐに沈んでしまい困っていることを知ります。

「そこで僕が手を挙げ、90歳のおばあちゃんが保存していた勝坂に伝わる小麦の種を使い、栽培を始めました。周りの助けもあって、翌年には1反ほどの畑から粒で90kgほどを収穫できました。また、収穫できた麦は、小麦にして、うどん打ち体験を行う地元の野外活動施設や、町のパン屋さんに買ってもらうこともできました」

その年の夏、川西さんが育てた麦のわらで船を編み、灯籠を乗せました。笛や太鼓の音色に見送られながら、川をゆっくりと流れていく神秘的な灯籠の明かりを、勝坂の人たちはいつまでも眺めていたそうです。

街中の学生と一緒に耕作放棄地を再生する

春野耕作隊

春野を流れる清流、気田川。川幅が広く、大きく湾曲した川のそばは土地が開け、田畑が広がっています。のどかな山里の風景ですが、農家の高齢化にともない耕作放棄地が増えてきています。「春野耕作隊」は、地元の若手農家とJA、静岡文化芸術大学のサークル「LA-VoC(ラボック)」や、一般の大人から子供のボランティアが協働して、耕作放棄地を再生するプロジェクトです。川西さんもメンバーの一員として活動しています。みんなで土を耕し、夏はトウモロコシ、秋はサツマイモなどを栽培。収穫した野菜は地元だけでなく、市街地のイベントなどでも販売し、人気を集めています。

「地元農家と学生の間に立って、コミュニケーションを取ることを意識しています。学生も街中から来ているので、楽しいと思ってもらいたいですし。手伝ってくれた学生も卒業し、全国にOBのネットワークが生まれつつあります。それを生かして春野の野菜を全国で販売できたらうれしいですね」と話す姿は、どこか楽しそうです。

春野の将来を見すえ働き手の受け皿を作る

とうもろこし

2018年6月で3年の任期も終了。川西さんは引き続き春野に住みながら、農業を続けていく予定です。

「春野耕作隊は法人化を目指して活動を続けています。仕事を作ることで、春野にとどまりたいという若い子たちの受け皿になりたいと考えています。個人としては、後継者が少なくなった自然薯を栽培します。今は研修中ですが、春野の特産品として盛り上げていきたいですね」

農業を通じて地域のコミュニティを豊かにしていく川西さんの活動が、地域を少しずつ元気にしています。

プロフィール

川西厚さん

川西厚さん
1981年生まれ、三重県員弁郡東員町出身。バックパッカーで世界を旅した後、30歳のとき、三ヶ日町でミカン農家の手伝いをするため浜松市へ。2015年7月、山いき隊に着任。春野耕作隊として活躍中。2018年6月任期満了。

「浜松山里いきいき応援隊紹介冊子」より

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