ここから本文です。
安心安全に暮らせるまちづくりのため、行政が行わなければいけない保全や調査活動は多岐にわたります。これまでは人手で行われてきた取り組みも多い中、より効率的な運用を目指してデジタル化が検討されている分野もあります。
そのうちの一つが、まちの活性化に生かすために毎年行われる歩行量調査です。Ultimatrust株式会社(読み方:アルティマトラスト)は、人の目視で行われている歩行量調査について、AIカメラによる自動化に取り組みました。
高度な技術力と開発コストが必要だったAIカメラも開発が進み、安全に運用しやすいサービスになりつつあります。豊かなまちづくりに寄与するサービス開発に挑む、同社の取り組みを追いました。
写真左:情報システム部マネージャー 小澤賢治氏(以下、小澤氏)、写真右:コーポレートプランニング部部長 遠藤晶子氏(以下、遠藤氏)
ーーはじめに、貴社の事業内容を教えてください。
遠藤氏:弊社は、監視カメラの設置コンサルティングで2015年2月に創業したITスタートアップです。近年では、監視カメラをDXに役立てたいというお声が多くなり、2021年ころからAIカメラの開発・導入支援に舵を切りました。
目指しているのは、高度なテクノロジーの恩恵を誰もが享受できる社会の実現です。たとえば、Web会議を手軽に行えるようになったのと同じように、AIやロボットなども利用してもらいたいーーそのための技術基盤を構築・提供しています。
ーー2020年にはAIカメラのサービスを販売開始し、導入実績を増やしていると思います。そんな中、浜松市で実証を目指したのは何でしたか?
遠藤氏:AIカメラを実際に使っていただいた方の反応や感想を含め、実利用の結果を捉えたいと考えました。たしかに弊社では、AIカメラによる人物検知と車両検知の技術をすでに確立しています。
しかしセキュリティや個人情報保護の観点から、人々が実際に生活する環境下でAIカメラを運用する場数は、まだまだ不足しているのが現状です。実環境下で実証実験を行える場を探してたどり着いたのが本事業でした。
ーー歩行量調査をAIカメラで行うプランは、もともと貴社で検討していたものですか?
小澤氏:いえ。歩行量調査に着目したのは、本事業に採択された後のことです。本事業に応募した当初は、中心市街地に約30台のカメラを設置することで、人流解析を行いたいと考えていました。
フレームインした人物ごとに、「歩く」「とどまる」「しゃがむ」などの動作を記録できる(個人情報は一切含まない)。30台のAIカメラを用いて、まちなかの人流を把握し、データ構築を行う企画を立てた。
それだけのデータを収集・分析できれば、たとえば災害が起きたときに備えて二次災害の予防や避難をシミュレーションできる可能性があります。あるいは、街の活性化具合を計ることで、商業開発の支援に役立つデータを提供できるかもしれません。
しかしながらそれを実現するには、多岐にわたるステークホルダーにカメラの設置許可を求めなければならないため、実施には至りませんでした。
ーーそこから、どのようにプランを変更しましたか?
小澤氏:浜松市の担当者さまと検討を重ねていきました。その中でテーマに挙がったのが、歩行量調査の効率化です。毎年、人手でカウントしているものを、AIカメラで自動化できないか、と。
そして、実験を行えるフィールドを探していただいたところ、遠州鉄道高架下の公共空間「新川モール」から許可が降り、本格的に実証実験を準備していきました。市のご担当者さまはこの短期間に、さまざまなフィールドに掛け合ってくれたようです。
ーー「新川モール」での歩行量調査、具体的にはどのように行ったのでしょうか。
小澤氏:実験の実施日は、実際の歩行量調査の日である10月16日(休日)と18日(平日)、10時から20時までとしました。
計4台のカメラで一定の範囲を捉え、新川モールの南側(浜松駅方面)に向かう人と、北側(西鹿島方面)に抜ける人と、2方向に移動する人数をそれぞれカウントしています。
性別や年齢などのデータも技術的には解析できますが、今回はシンプルに人物検知のみを行いました。
カメラに一定範囲を映した上で、AIが認識できるよう「イン」「アウト」の線をひく。カメラに搭載したAIが「人」と判断した移動体が、インの線を踏んでアウトの線の外に抜けると「歩行者1」とカウントされる。
ーー実験にあたっての意気込みはいかがでしたか?
小澤氏:人の検知を主軸とし、街と人の関係性について立証する実験は弊社にとって今回が初となり、意気込みをもって取り組みました。また、歩行量調査にかかる費用も人の目視で行う場合に比べてほぼ半額になると試算でき、浜松市にも期待をかけていただいた印象があります。
ーー実際の中心市街地でAIカメラによる歩行量調査を行ってみて、結果はいかがでしたか?
小澤氏:正直なところ、課題が多く見つかりました。おもに、AIに教示する歩行者の行動パターンが不足していたために、想定通りに人物検知ができなかったことです。新川モールは地域の憩いの場となっていることから、そこを通り抜ける歩行者の行動には、私たちの想定
よりも多くのパターンがありました。
たとえば、カウントラインの枠外(東西の方角)から新川モールに入ってくる人、ベンチで一旦休憩してから歩きはじめる人、カウントラインの近辺を行ったり来たりする人……。人が目視で「あれは1人の歩行者だ」とカウントできるのは、言語化されないさまざまな情報を人が瞬時に判断しているからです。
そうした1つひとつの条件を精査し、AIカメラにインプットしきれていなかったため、人物検知の精度が落ちてしまいました。たとえば、カウントラインの近辺を行ったり来たりする人は線をまたぐたびに「1人」と数えてしまい、カウント数が重複することがありました。
遠藤:プライバシーや電源場所などの観点でカメラの設置場所が制限され、設置する高さや人物までの距離、明るさといった条件も、今回の環境下はやや厳しいものでした。
ーー貴社のAIカメラでは、Web会議並みの高精細な画像を記録できると伺いました。そのように高性能なサービスだからこそ、本事業において困難だったこともあったでしょうか?
遠藤氏:フルHDの10フレームという高精度な映像をカメラからAIに送信しましたが、LTE回線(携帯キャリア用の通信回線)を利用したために、時間帯によってはスムーズな通信ができずに苦労した場面がありました。スマホの利用が増える時間帯は回線が混みあい、画像データがクラウドに保存されていないシーンもありました。
ーーそうした難しい状況から学んだことは何でしょうか?
遠藤氏:得られた教訓は、カメラの性能に見合った設置場所を探そうとするのではなく、私たち開発側が意識を変えなければいけないということです。既存の設備・施設においてどの
ようにカメラを設置すればよいか、アイデアを巡らせることができました。
企業や行政向けの案件が多かった弊社にとって、新川モールを運営するHACKさんからtoC目線のフィードバックを得られたことも参考になりました。通信上の課題からも、AIに送るデータをさらに圧縮するといった今後必要な対策が見えてきましたので、非常に有益な結果が得られたと思っています。
小澤氏:たとえば「夜間の環境下で歩行する人」をAIに教示しなおし、夜間における人物検知の精度を高めるなど、AIカメラの機能もより改良したいと思います。
現状の課題を解消し、どのような施設であっても人物検知が行えるサービスに改善していけたら、現行の半額もしくはそれ以下まで、歩行量調査のコストは間違いなく抑えられると確信しています。
ーーそれくらいコストメリットの高いサービスになりそうだということで、期待が高まります。それでは最後に、今後の展望について教えてください。
遠藤氏:街・人・道の関係性をより深めるデータプラットフォームを展開していきたいと強く思います。住民の人流を活性化するだけでなく、関係人口を増やしていくためにお役立ていただけるサービスになっていきたいーー。そのためにも行政のみなさんと連携を深め、中長期的に事業をともにできるとうれしく思います。
小澤:見えないからこそ気付けないリスクや、検証されていない課題が多く潜んでいると感じます。弊社のAIカメラは、他サービスと連携してさまざまなデータを収集・解析できるものです。インフラとして導入いただき、都市計画の策定や効果検証などに使っていただけるとうれしいです。
ある自治体では山林にAIカメラを配置し、不法投機の抑止になった例もあります。これからも私たちは、あるべき未来の姿を思い描くために必要なデータを提供できるスタートアップとして、豊かなまちづくりに貢献していきたいと思います。
お問い合わせ
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください