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米本氏自身、イギリスの身体障がい者福祉施設で半年間ケアラーとして働いた経験を持つ。
行きたくても行けなかった場所に行く、やりたくてもできなかったことをするーー。そうした夢のような体験を可能にする技術の1つがVR(バーチャル・リアリティ:仮想現実)です。ハンディキャップを持つ人々が日常的に体験できなかったことも、VRなら体験可能かもしれません。
VR開発スタートアップの株式エドガは、特別支援学校の生徒向けに動物との触れあいを体感できるVRコンテンツを開発、体験会を開きました。同社代表取締役社長の米本大河氏(以下、米本氏)に実証実験の様子についてお聞きしました。
――はじめに、貴社の事業について教えてください。
米本氏:弊社は、「『0回目の本番』で世界から試せないをなくす」をミッションにかかげるVRスタートアップです。VR教育・研修システム「KEIKEN CLOUD」をはじめとするVRの開発事業を手がけています。
VRの用途はさまざまですが、私たちはVRを、現実世界での活躍を導くツールと捉えています。VRの中でできる体験や学びを通じて、現実世界でより活躍いただくことが事業目的です。
橋梁点検士を育成するVR研修システム 出典:株式会社エドガ YouTubeチャンネル
――「VR元年」と呼ばれる2016年からVR事業を手がけているとのこと。米本代表が、VR市場に参入しようと思ったきっかけは何でしょう?
米本氏:成長を見込めるIT産業の中でも、人を笑顔にできるテクノロジーに携わりたいと考えたことです。社名の由来である江戸川区に生まれ育ったことが大きいですね。家の近くに東京ディズニーランド®や水族館があり、よく家族で出かけました。当時の楽しかった思い出は今でも私の心に刻まれていますが、そうした感動体験を当たり前にできない人たちもいるんだよな、と......。
これまで体験できなかったことを体験できるようにし、人々を笑顔にしたいーーそうした想いからVR事業に参入しました。
――そうした背景も手伝って、本事業では、外出が困難な子どもたちに動物とのふれあいを疑似体験してもらう「VR動物園プロジェクト」に挑んだのですね。
米本氏:そうですね。法人向けの研修コンテンツを強みとしてきた弊社にとって、肢体不自由のある方へのサービス提供は初の取り組みとなりました。コンテンツはゼロからの開発であり、一度に体験できる人数も限られることから、実証実験の場でなければできなかったチャレンジだと思います。
それでも、肢体不自由をハンディキャップに持ち、動物園に出かけられない子どもたちに、動物と触れあう機会を提供したいという浜松市さまの想いにとても共感しました。その後のビジネス化は二の次にしても、対象者へ価値ある体験を届けることに注力できるのは、実証実験の利点ですね。私たちも商売ありきではなく、VR動物園を実現して子どもたちに豊かな体験を届けようと思いました。
――貴社にとってもチャレンジとなった今回のVR動物園プロジェクト。具体的にはどのようなステップで進めましたか?
米本氏:タイムラインをお伝えすると、2020年10月に採択いただいてから11月までに、浜松市動物園を2回視察しました。そこで飼育員の方にお話を聞いたり動物の写真を撮ったりしてVRコンテンツの開発に入り、12月にはプロトタイプを作り終えました。
一方で、その開発期間に浜松市がフィールドを探してくださっていて、2021年2月ころには静岡県立西部特別支援学校(所在地:浜松市北区)にご協力いただけることが決まりました。
――とてもスムーズに進められたのですね。
米本氏:じつはそれ以降が大変でして、コロナ禍の影響を受け、VR動物園の体験会が何度もリスケジュールにあってしまいました。7月になりようやく、同校の先生向けに体験会を開くことができ、生徒のみなさんに体験会を開催できたのは2021年10月でした。
――1年越しではありますが、無事に実証できてよかったです。
米本氏:おそらく、体験会のリスケジュールが重なっていた間も、浜松市が西部特別支援学校とご連絡をよく取ってくださったのだと思います。市の担当者さまからは状況のご報告を継続的にいただきました。
その際の連絡には、Facebookメッセンジャーを使わせていただきました。肩ひじ張らずに連絡しあえるのも、事業全体を通じてよかったことの1つです。気付いたことがあればメッセージをポンと送りあうような距離感で進められたことが、ありがたかったです。
――ちなみに、VRコンテンツはどんな仕様にしましたか?
米本氏:まずコンテンツ化する動物は、VRならではの3種類を用意しました。小さく可愛らしいウサギと、陸上最大の動物で子どもに大人気のゾウ、そして大きなスケールを感じられるキリンです。本物さながらの様子を感じられるよう、画像データではなくフルCGで制作しました。
「動物をなでる」、「エサをやる」、「手を挙げると動物が近づく」といった動作もプログラミングし、VR上で体験いただけるように。そのうえでUXは極力シンプルにし、コントローラーを握ってもらうだけでリアリティあふれる体験ができるようにしました。
――これだけのVRコンテンツを、2カ月という短い期間で開発し終えたとは驚きです。
米本氏:弊社の開発資産を生かしました。本事業で受けられる経費支援は、最大200万円(補助率2分の1以内)。この予算感にあわせながら、納期も短くできればと考えていたので、これまでの開発ノウハウをもとに制作を進めました。
――VR動物園の体験会では、年齢も性別も身体の特徴も異なる合計9名の生徒さんに体験いただいたそうですね。結果はいかがだったでしょうか?
米本氏:大変喜んでいただけました。生徒さんたちは「次もやりたい」「ほかの動物も見たい」と言ってくださいましたし、先生方も「すごいから見てみて!」と別室にいらっしゃる先生を体験会に連れこられる姿が印象的でした。
もし9名全員を実際に動物園へ連れて行こうとしたら、車椅子ごと乗り降りできる福祉車両や園内で補助を行う先生が何人も必要になるでしょう。学校から出なくても、授業の中でも、感動の体験を得ていただけることがわかり、大きな自信になりました。
――すばらしい成果ですね。それでは、今後の展開について教えてください。
米本氏:スケールを目指す中でスタートアップは、事業の本質から離れてしまいそうになることが多々あります。本事業では、フィールドのみなさんに私たちのサービスを歓迎していただき、子どもたちの笑顔に触れることで、自分たちの意義を改めて認識させていただきました。
今回の9名のお子さんにとどまらず、今後はより多くの方にVR動物園を体験いただきたいと考えています。文部科学省のデータ(※)によると、全国に295校、3万1,086名にのぼる肢体不自由のお子さんがいらっしゃるそうです。
浜松市に調整いただき、市内の他2校の特別支援学校でVR動物園の体験会を実施することが決まりました。他自治体にも普及したいと思いますし、成人向けの施設や老人介護施設などでもお役に立てたらうれしいです。そのための大事なステップを、本事業では踏ませていただけたと思います。
資料6:特別支援学校数・在学者数の推移及び義務教育段階の児童生徒の就学状況
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