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聴覚に不自由を抱える方にとって、通院や外出の際に同行する手話通訳者の存在は欠かせません。しかしながら、浜松市における手話通訳者の派遣申請手続きはファックスを通じて行われており、アナログゆえの課題がありました。
そんななか「手話通訳者と利用者の円滑なマッチングのDX化」に取り組んだのは、株式会社CANARY(別ウィンドウが開きます)(読み方:キャナリー)です。
手話通訳マッチングシステム「SHUWACO」を独自に開発し、期間中β版(※)のリリースに成功した同社の取り組みについて、代表取締役の山本しなこ(以下、山本氏)氏に聞きました。
※β版:読み方、ベータ版。実際のユーザーにテスト使用をしてもらうことを想定した、正式版に近い状態で提供されるシステムやソフトウェアのこと
――はじめに、貴社の事業概要について教えてください。
山本氏:弊社では、自治体向けにまちづくり施策の企画立案やコンサルティングを行っており、具体的な成果物としてECサイトやITツールなどの開発・運用代行も行います。とくに強みとしているのは、地域に寄り添い実行フェーズまで伴走するハンズオン型のご支援です。
――名古屋に本社を置く貴社が、今回、浜松市の実証実験に応募されたきっかけは何でしたか?
山本氏:東京のコワーキングスペースで開催されたイベントで浜松市スタートアップ推進課の方とお会いして以来、お付き合いがありました。その中で、本事業について教えていただき、応募した流れです。
応募の決め手は、私自身の介護経験からくる強い想いでした。家族の介護を通して、福祉や介護の分野にはまだまだ解決すべき「不便」が多いと感じていたのです。手続きは煩雑でアナログなことも多く、介護の大きな負担となっていました。
そんな折、本事業で障害保健福祉課が掲げていたテーマが「手話通訳者と利用者の円滑なマッチングのDX化」です。手話通訳者の派遣手続きがファックスで行われている現状を知り、解決の力になりたいと考えました。
――1年間の実証実験は、どのように進めましたか?
山本氏:最初の1ヶ月半は庁内のヒアリングと課題整理に注力し、その後は早々にシステム設計に移りました。そのなかで約7ヶ月間にわたり、聴覚に不自由を抱える方、手話通訳者の方、市職員の方へ計14回ものヒアリングを重ね、それぞれのニーズをていねいに拾い上げています。
結果として、2024年5月にはオンライン申請システムのβ版が制作でき、7月から実際にテスト使用いただき意見を聞くことに。そして8月に中間評価を取りまとめ、改修を経て、手話通訳者のオンライン申請システム「SHUWACO(シュワコ)」が完成しました。
(市職員より手話通訳者の勉強会や浜松ろうあ協会にアプローチし、ヒアリングの場を設定した。写真はイメージ、出典:浜松ろうあ協会の紹介_浜松NPOネットワークセンター(別ウィンドウが開きます))
――ユーザーヒアリングが鍵だったことが伺えます。
山本氏:はい。今回のシステムは、浜松市の方だけでなく、手話通訳者の方と聴覚に不自由を抱える方を含めた3者にとって使いやすいものでなければいけないと考えました。
とくに、聴覚に不自由を抱える方へのヒアリングは、慎重に進める必要がありました。デジタルツールに慣れていない方や、情報漏えいに不安を感じている方もいらっしゃるためです。
そこで実は、実証の第一ゴールは「システム化すること自体に賛成かどうか」を確認することに設定していたんです。そして、もし反対意見が出た場合は、その理由や改善要望を聞いていくつもりでした。
ですが、システム化してほしいとの声が大多数で、ユーザーヒアリングの初日に第一ゴールが達成されてしまったので、それ以降は開発に注力することにしましたね。
――システム開発では、具体的にどのような点を重視したのでしょうか?
山本氏:機能を極限まで絞り込む「引き算」の開発です。聴覚に不自由を抱える方から「情報が多すぎると混乱してしまう」「シンプルな操作性を重視してほしい」という意見をいただいたためです。余分な機能は一切省き、必要な操作が一目でわかる直感的なデザインを採用しました。
(カレンダー上から手話通訳者の空き状況を確認し、予約できる)
山本氏:あわせて、セキュリティ面にも細心の注意を払いました。第三者に情報が洩れることで、何らかの被害に遭われることが何よりも不安で怖いことである、と教わったためです。浜松市の許可がない限り利用者登録ができない使用にするなと、個人情報の保護を徹底しました。
――ユーザーに聞かなければ気付けない希望や使い勝手が多々あるのですね。
山本氏:そうですね。例えば当初の仕様では、予約時間の選択画面に終わりの時刻を入力するようにしていました。ですが実際には、病院の付き添いなど、終わり時刻が読めないケースが多くあったのです。これを考慮し、終わりの時刻を入力しなくても申請ボタンが押せるように変更するなど、私たちにとってもたくさんの学びがありました。
――では、本事業を通じて、どのような成果が得られましたか?
山本氏:まず大きな成果は、リリース時に大きな改修をしなくてもよいレベルのシステムができあがったことです。今後、追加開発する機能に関しても、テストの段階で要望を打ち明けてもらい、大方詰められています。
そしてテスト使用の結果、ユーザーの92パーセントが手続きの電子化について賛同してくださいました。反対意見についても、「ここが改善/追加されれば使いたい」といった建設的なものがほとんどでした。ここまでのシステムがつくれるとは、当初は想像していなかったことです。
――本事業に参加してよかったと感じるのはどのような点ですか?
山本氏:手話通訳者の方々がご自身の仕事に誇りを持ち、真剣に意見をぶつけてくださったことです。「なぜシステム化されないのか分からない」「つくるならテストではなく、本当に使えるものをつくってほしい」と、意見をいただいたことが非常に大きかったです。
聴覚障がい者の皆さんは「操作がかんたんならシステム化に賛成」との意見が多数でしたが「この申請手続きのためだけにファックスを使っている」という方も多く、弊社もシステム開発を決断できました。
浜松市の皆さんも真剣で毎回のヒアリングに同席してくれましたし、全員が本気で向き合いながらのシステム開発は貴重な経験になりました。
――それでは、今後の展望について教えていただけますでしょうか?
山本氏:今後の第一目標は、浜松市でSHUWACOを正式に導入していただくことです。2024年7月には、SHUWACOが浜松市の「トライアル発注認定事業」の認定商品に登録されました。これにより、認定期間中は随意契約による優先的な調達を進めていただけますので、大きな一歩となりました。
次のステップでは、今回確立できた“浜松モデル”の仕様をベースに、他の自治体への展開も視野に入れています。あるいは、手話通訳者の派遣業務以外にも、デジタル化を望まれる手続きがありましたら、SHUWACOを展開していきたいと考えています。浜松いわた信用金庫は運営するコワーキングスペース「FUSE(フューズ)」にて浜松支店も開設しました。
――最後に、本事業に参加を検討している皆さんへメッセージをお願いします。
山本氏:スタートアップの事業開発にとってユーザーの声は重要で、そのために必要なサポートをしてくれるのが「行動力」にあふれた浜松市の皆さんです。ヒアリングの機会のアレンジだけでなく、トライアル発注認定事業を紹介いただくなど、最後まで手厚くご支援してくださいました。
このように、浜松市は実装を見据えた本気の取り組みができるフィールドだと思いますので、ぜひ応募を検討してみてはいかがでしょうか?
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