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医療分野の研究が進むほどに、さまざまな病気が一定の対処によって予防可能であると分かってきました。実は認知症も、脳や心身の活性化により進行を遅らせることができるのをご存知でしょうか?
認知症の予防に寄与するアプリ開発を目指して本事業に参加したのは、ヘルステックスタートアップの株式会社べスプラです。
脳科学にもとづいた脳の健康維持アプリ「脳にいいアプリ」を浜松市で無償提供。500名超のモニターを集め、利用者の傾向分析やアプリ継続率の向上に取り組みました。同社の歩みについて代表取締役の遠山陽介氏(以下、遠山氏)に伺います。
ーーはじめに、本事業で実証に用いた「脳にいいアプリ」について教えてください。
遠山氏:「脳にいいアプリ」は、脳科学にもとづいた脳の健康維持アプリです。認知症研究における世界的権威のカロリンスカ研究所などが有効性を示した認知症の予防方法を、スマホアプリに仕組み化しました。
全31種類のトレーニングによって、「運動」「食事」「脳刺激」「ストレス緩和」「社会参加」の5要素へ複合的にアプローチできます。AIが年齢や性別、体格にあった無理のない日々の目標値を設定するので、だれでも楽しくかんたんに脳の健康維持が行えます。
引用:「脳にいいアプリ」サービスページより
ーー「脳にいいアプリ」を一般の生活者に使ってもらう実証実験は、すでに渋谷区や八王子市でも実施していますね。そんな中今回は、どのような実証実験に取り組んだのですか?
遠山氏:浜松市で取り組んだのは、大規模実証実験です。ここでいう“大規模”とは、モニターの属性を絞らず多くの方にアプリを使用してもらうという意味です。
どういった方に利用ニーズがあり、アプリを使い続けてくれるのかーー。その結果をエビデンスとして確認・蓄積することをゴールとしました。とくに浜松市では、もともと健康であるなどして健康への関心が比較的低い「健康非関心層」の方にアプローチしました。
ーー健康非関心層に「脳にいいアプリ」を使ってもらうとは、ユニークな発想ですね。本事業に応募したときから、そのような構想があったのですか?
遠山氏:いえ。もともとは、「脳にいいアプリ」を利用するごとに健康ポイントが貯まるようにして、地域の健康増進を図るプランを企画していました。ただ、浜松市が行っている別事業と重複するところがあったので、その企画は通らず……。
ーー本事業に採用されて早々に、プランの見直しが必要になった、と。
遠山氏:はい。脳にいいアプリを使ってどんな実証実験を行うべきか、前提から検討しなおすことになりました。
そんな中、内閣府主導の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) から、「BHQ®(Brain Healthcare Quotient)注1※」という脳の健康管理のための国際規格が発表されました。
注1※BHQ®とは|脳の神経細胞や神経線維の画像データをもとに、脳の健康状態を可視化する指標です。
実は弊社では、BHQ®の研究実証を支援してきたことで、2022年3月に「脳にいいアプリ」の利用状況から推定BHQを算出できる機能をアプリ内に追加。浜松市の実証実験ではBHQ®にもとづき、アプリの利用状況や利用者傾向を分析することにしたのです。
「脳にいいアプリ」を幅広い人に使ってもらえるようにしたのも、そうすることで包括的な
認知症のリスクやアプリの継続傾向などが掴めるのではないか、と考えたためです。
引用:「脳にいいアプリ」サービスページより
ーーアプリの利用者傾向や継続率といった結果を分析したかった理由は何でしょうか?
遠山氏:「脳にいいアプリ」を認知症が予防できるツールにしていくために、継続して使ってもらえることが重要なテーマだからです。そのために、どんな属性の人ならアプリを使い続けてくれるのかや、取り組んだ結果しっかりと効果が出るのかといったことを深掘りしなければいけません。
行政主導で開発したものの、使われずに終わってしまう健康維持アプリもたくさんあります。そういった背景を懸念してか、浜松市の担当者さまも市民の健康に寄与するよいサービスを求めていたようで、私たちの実証実験へ期待をかけてくださいました。
ーー「脳にいいアプリ」の大規模実証実験は、具体的にどのように実施しましたか?
遠山氏:2022年4月28日から9月30日にかけて、チラシで「脳にいいアプリ」のモニターを募集しました。「一見、健康というテーマに関係のなさそうな場所にチラシを配布したい」と市の担当者さまに相談したところ、さまざまな場所にかけあっていただき、オートレース場や競艇場などを紹介してくれました。
ーー実証実験の結果はいかがだったでしょうか。
遠山氏:ダウンロード数は延べ500超となり、アクティブユーザーは256アカウントになりました。得られた結果の中でも特徴的だったのは、何らかの疾患や自覚症状を持っている方が多く利用してくれたことです。
これまでの成果においては、アクティブユーザーのうち約30%が疾患のある方の割合でした。しかし本事業では、じつに約50%が疾患を持っている方でした。例えば、高血圧症や高脂血症など、認知症とは直接の関係がない症状を持っている方も、健康維持・増進のために脳にいいアプリを使っていただいたのです。
ーーその結果を貴社ではどのように捉えていますか?
遠山氏:広く健康維持・増進を促していきたい弊社としては、まさに脳にいいアプリを使用してほしい層の方に使用してもらえたことになります。
また、アプリの利用状況(運動や脳トレの実施程度/食事の状況など)は、これまでの平均値とほとんど差がありませんでした。つまりアプリのアクティブユーザーは、健康的な活動
量と食生活を維持できていた、と捉えています。
ーーまた、BHQ®の指標をもとにアプリの使用効果も測れたでしょうか?
遠山氏:はい。一定の利用方法や頻度で使ってもらうと、BHQ®上の数値が向上することが分かりました。つまり、脳の神経細胞の減少率が緩やかになり、認知症の発症を数年ほど遅らせる可能性があります。こうした成果については、今年の3月に京都大学で行われたサービス学会にて詳しく発表させていただきました。
じつは認知症は、「MCI(軽度認知障害)」と呼ばれる予備軍の段階までに対策を講じれば、回復を期待できることが分かっています。BHQ®にもとづき「脳にいいアプリ」の効果を学術的に謳えるようになったのは、本事業での大きな成果です。その後、ほかの自治体から引き合いを多くいただけるようになりました。
ーーそれはすばらしい成果ですね。一方で、脳にいいアプリの効果が示唆されたとなれば、競合が同じようなアプリを開発するリスクも高まるかもしれません。
遠山氏:複合的な機能を持つトレーニングを1つのアプリ上で行え、AIが目標を設定してくれ、推定BHQ®で脳の健康状態も見られるアプリの開発は、まだまだ難しいと考えています。学術的なエビデンスにもとづいて開発を進めなければなりませんし、開発コストもかかります。弊社にはヘルスケア領域に長けたエンジニアがいたことで、比較的早期にアプリ開発が進められました。
ーーそれでは貴社の「脳にいいアプリ」は、ますます多くの方に使ってもらえるサービスになっていきそうですね。今後はどのように展開していきますか?
遠山氏:今後は、本事業の結果をもって日本全国に「脳にいいアプリ」を展開していきたいと考えています。実証実験の結果を論文化してエビデンスを残し、いよいよ認知症が予防で
きるアプリとして普及を目指します。浜松市においても「脳にいいアプリ」の利用者さまを増やしていきたいですし、今回の研究内容を市民のみなさんの健康増進に役立てていただけたらうれしく思います。
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