更新日:2023年12月4日
浜松市ユニバーサル農業研究会インタビュー「株式会社カクト・ロコ・野末信子」

株式会社カクト・ロコ・野末 信子
プロフィール
浜松市浜名区都田町と長野県売木村で、多肉植物やイチゴ苗の生産を行う農業生産法人「カクト・ロコ」の会長。2004年から約15年間、社長として経営を担い、2018年10月からは会長職に就任。平成29年度男女共同参画社会づくり活動静岡知事褒賞の受賞や、第一期「未来をつくる女性活躍経営体100選(WAP100)」にも選ばれるなど、女性経営者として全国から注目を浴びている。現在105名の従業員を雇用し、うち4名が障がい者スタッフ。
株式会社カクト・ロコでは、主に多肉植物を中心とした園芸植物を生産しています。会社の歴史としては、元々この浜松でみかんの栽培からはじまり、その後は肥育牛の畜産を中心に行ってきました。昭和64年に多肉植物に出会い、その魅力を広めていきたいと「野末サボテン」として生産を転換しました。現在は北海道から沖縄まで、全国にカクト・ロコの多肉植物をお届けしています。夫婦二人で取り組んできた事業でしたが、自分たちの想いを次代にも引き継いでいくため、平成16年に法人化を行いました。
カクト・ロコとは、スペイン語で「サボテンに夢中」という意味です。この見た目にも面白い植物を世の中に広めたい!とはじめた多肉植物の生産でしたが、現在では5ヘクタールの圃場で、女性を中心に105名の従業員が働いてくれています。
浜松のユニバーサル農業には長く関わらせていただいていて、当社では、現在障がいのあるスタッフが4名働いてくれています。障害者福祉施設のだんだんさんとのお付き合いが長く、以前は利用者さんに定期的に来ていただき、ポットの土詰めをお願いしてすごく助かっていました。
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今年OPENした新たな事務所では、毎日多くの車や従業員が行き交う。

男女共同参画の推進にも積極的に取り組んでいるカクト・ロコでは、正社員やパートなど、様々なけいたいで勤務する女性たちが活躍している。
そんな中、当社で雇用するようになった最初の障がい者スタッフは、当時引きこもりになっていた子でした。働き始めたのが今から約8年前です。私一人の想いで始めた直接雇用でしたが、なかなか続けて通うのが難しかったので、最初は3時間の勤務からはじめました。
はじめは来たり来なかったりということもありましたが、次第に慣れ、2〜3年くらいで5時間働けるようになりました。そして1年半ほど前からは8時間のフルタイムで働けるようになって、今もはつらつと働いてくれています。仕事は、以前は主にポットへの土詰めをお願いしていましたが、現在は土作りを担ってもらっています。
最初に雇用したその子の変化には、目を見張るものがあります。まずは目つきが全く変わりました。以前はうつろだった目が、今はキリッと、とてもしっかりとしています。当時はボサボサだった髪や汚れていた服装も今はとてもきれいにしていますし、自分の仕事にとても責任感を持って取り組んでくれています。それに、後輩への指導や、配慮などもしてくれるようになりました。
当初は、ご両親が毎日送り迎えをしてここまで来ていました。でも、ご両親にとってそれはとても負担です。私は、まず自分で通えるように、「原付の免許を取ってみようよ」と提案しました。そこで彼は一生懸命勉強をして、試験を受けました。最初は一度落ちてしまって自信をなくしてしまったのですが、みんなで励まして、またがんばって試験を受け、二度目に無事合格することができました。
でも、その後も彼は実際に通うのは怖いとまだ自信が持てませんでした。そこで、私達はお昼休みに会社の敷地内で運転の練習に付き合ってあげました。繰り返すことで慣れて、少しずつ少しずつ自信を持ててきました。ついに自分の家から会社まで通ってみるという朝、私は心配でそばまで見に行ってしまったことを今でも覚えています(笑)
今ではフォークリフトの免許も取得しましたし、フルタイムで働けるようになりましたので、次は普通自動車の免許を取ることを目標にがんばっているところです。
そんな彼と付き合っていく中で、周りのスタッフもたくさん感じることがあったのではないかと思います。
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最初に雇用した障がい者スタッフは、現在フルタイムで勤務し、土作りを担当している。自社オリジナルで配合する土は、生産にとっての要だが、卸先などでも生育が良いと評判が高い。
入った頃はやはりいろいろなことがありました。障がいのある子は、元々社会経験が少ない子が多いので、会社に入ってすぐは、いわゆる空気の読めない言動などが出てしまうこともあります。でも、その子なりに学ぶことがあります。少しずつ空気を読んで行動することを身に着けてきます。
一方で、障がいの特性からできないこともあります。そういう部分を、周りのスタッフもちゃんと理解し、配慮してあげられるようになっていきます。私は、こうしたことがお互いにとっての大きな成長だと思います。スタッフ達が色々なことを受け入れてあげられるようになり、社内に優しい空気感が生まれるようになりました。心が広くなるというのでしょうか、頼もしいスタッフたちが育っていると思います。
私は、会社は大きな家族のようなものだと考えています。男性・女性、お年寄りや子供、できる子、できない子、いろんな人がいるのが家族です。会社は、そんな多様な人間が働く場。学校の先生でもきっと同じだと思うのです。成績優秀なお利口な生徒だけを見ていれば楽です。でも、実際にはいろいろな子がいて、生徒をとりまとめるのに苦労することもあるでしょう。でもだからこそ、そうした場を通じて豊かな人間性が生まれ、社会に適応できるよう、みんなが成長していくのだと思います。
得意なこと、不得意なことがあるのが人間で、でこぼこしているのが普通なのです。そこに障がい者と健常者の垣根はありません。その中で適材適所を見出し、みんなで仕事に取り組んでいく。そんな多様性のある組織であれば、この先どんなことがあっても対応していける会社になれるのではないかと思っています。
私達が考えていないといけないのは、今日ではなくて、未来です。障がいのあるスタッフとともに働くことで、一層大切に思えるようになったことかもしれません。
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このユニークな見た目の植物を、世の中に広めたい!とはじめた多肉植物の生産。現在は、北海道から沖縄まで全国にカクト・ロコの多肉植物を届けている。


カクト・ロコでは卸売のほか、カフェを併設した直売所も運営している。昨年リニューアルしたモダンなショップは、地域おこしの進む都田町において交流の拠点にもなっている。
現在、全国にひきこもりの方が40万人もいると言われています。社会参加ができない本人も辛いですが、それを支える家族もまた苦しい立場です。苦労しながら、がんばっている親御さんたちをたくさん見てきました。でも、本人と家族だけではできることに限りがあります。
解決に進むためには、やはり社会全体の取り組みが必要です。そこに、企業が持つ役割は大きいものだと思います。お互いが協力し合える環境を作ろうと、社会そのものが考え方を変えていくことが必要でしょう。
当社では、引きこもりだった彼が大きな力になってくれています。私は、カクト・ロコの中でこうした事例を少しずつでも増やしていきたいと思っています。また、40万人の中の1人ではありますが、この成功事例が他でも生まれていけば、ずいぶん社会が変わっていくのではないかと思います。
「企業は人なり」と言われます。いろんな人間がいて、育ち、組織の枝葉ができてきます。多様な人間がいるからこそ組織の厚みが増し、深みが生まれます。
私にとって、事業は「夢の遊び場」です。これから先も、カクト・ロコで働くみんなにとって夢の遊び場が続くように、多様で力強い会社を目指していければ思っています。
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カクト・ロコにとって、スタッフ達は「宝」です、と野末さん。多様性のある組織づくりに今後も積極的に取り組んでいきたいと話す。
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