更新日:2023年11月24日
浜松市ユニバーサル農業研究会インタビュー「板橋工機株式会社・河合浩史」

板橋工機株式会社 河合浩史
プロフィール
静岡県沼津市で省力化機械や荷役機器の設計製作を行う板橋工機株式会社の代表取締役。浜松市のユニバーサル農業における課題研究に取り組み、京丸園(株)における障がい者の作業機械の開発を行う。「人を活かす機械づくり」をコンセプトに、現場に適応した機械の設計・製造を行う。
当社は、静岡県沼津市で省力化機械や荷役機器の設計製作を行っている会社です。板橋工機の名前は、祖父が東京の板橋区で起業したことから由来しています。省力化機械と一口に言っても様々な種別がありますが、私たちが専門にしているのは、製造ラインを円滑につなぐための機械開発です。製造業における工場での機械開発などが主ですが、浜松市のユニバーサル農業に関わることで、現在は農業現場における機械の開発にも携わらせていただいています。
私たちが経営理念としているのは「現場の課題を解決する」ことです。お客様からいただくご要望は、どれひとつ同じではありません。ですから、お客様の事業の特性や、現場の状況などを細かく把握し研究させていただきながら、課題を解決できる機械の開発をオーダーメイドで行っています。農業における現場の課題も、農園によって様々です。また、課題も農業ならではのものばかりで、日々刺激を受けながら開発に携わらせていただいています。
私たちが浜松市のユニバーサル農業に関わるようになったのは、現在では多くの障がい者を雇用して農業経営をされている京丸園さんとの出会いがきっかけでした。
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作業現場の課題を解決するためには、現場の徹底的な状況確認が大切となる。

障がい者、健常者に関わらず、だれにでも扱いやすいユニバーサルデザインを目指す。
農福連携へ関わるようになったのは、京丸園さんで他社さんが作られた「虫トレーラー」という機械の検討チームに加わったのが始まりです。苗の上に掃除機のような機械を手動で走らせることで害虫を吸い取る機械ですが、これは早く移動すると虫を吸うことができません。障がいのある方に合わせ、できる限りゆっくりと動く機械の開発でした。
機械メーカーの私たちにとっては、機械はとにかく高速で作業できるものを作る、というのが常識です。できるだけゆっくりと動かすことを目指すというのは、実は衝撃的な出来事でした。また、普通はだれが扱っても均一に作業ができる機械を作ります。でも京丸園さんでは、あくまで作業する人にあわせて作ります。
これは、農業においては自然任せな作業も多いため、製造業と比べてすべてを自動化するのが難しいという事情もあります。どうしても人の手が必要ですし、多様な作業があります。だからこそ、障がいのある方が担える部分が多くありますし、私たちの機械が貢献できる役割もあると感じています。
その後、京丸園さんでは、色々な機械を作らせていただいてきました。苗作りのパネルに水を浸透させる機械や、ねぎのスポンジ分離装置、出荷調整のためのコンベア、また以前から改良を重ねているトレー洗い機は今は三代目になりました。
また、最近では、収穫したチンゲンサイの根を切る機械を開発しました。水耕栽培のチンゲンサイは、栽培用のパネルに植えて育てますが、これを収穫する際、長い根がついたチンゲンサイをひとつずつ引き抜いてカットするのは大変な作業です。そこで、収穫したチンゲンサイが植えられたままのパネルが、出荷調整ラインに入る途中の行程で、根を一次カットする機械を開発しました。機械が行うのは一次カットで、障がい者のみなさんがそのあと二次カットすることで、チンゲンサイは出荷できる状態になります。微妙に大きさの違うチンゲンサイに対し、出荷規格を満たすだけの精密なカットをする機械を作るのは大変ですし、開発にかける投資も高額になってしまいます。でも、その作業は、精密な作業が得意な障がい者さんたちが力を発揮してくれます。私たちが開発する機械は、二次カットがしやすくなるためのつなぎの機能を円滑に果たせればいいのです。
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ウレタンに植えられたチンゲンサイが、出荷調整ラインに入る行程で、根を一次カットする機械。2枚になったウレタンの1枚を分離させ、押し込むことで自動的に根がカットされる。
こうした農福連携の現場で生まれる課題と、解決のための試行錯誤は、私たちに大きな気づきを与えてくれました。浜松市のユニバーサル農業に携わる前の私は、実をいうと今後の経営に悩なやんでいた時期でした。二代目として事業を引き継ぎ、クライアント様の経営の合理化に貢献することを理念に、一心に取り組んでいました。
一方で、私たちはこのままで良いのだろうか?という思いも持っていました。企業の存在意義は、社会貢献だと言われます。私たちの作る機械によって、クライアント様の会社では雇用人数を減らすことができ、経営の効率化が図られます。でも、それだけで本当に良いのだろうか?と、様々な経営の勉強会などに参加していました。
その勉強会の一つで出会ったのが京丸園さんでした。京丸園さんでは、障がいのある方が個人の強みを活かし、だれもが活き活きと仕事をしています。仕事に取り組むこと自体が生みだすやりがいや、生きがい。浜松市のユニバーサル農業にかかわることで、何か新しいものを感じるものがありました。
現在、様々な業種で、オートメーション化が進んでいます。農業にかかわらず、人手が不足している現状もあって、人の手によらずに作業が完結するような流れです。でも、農業というのは、そればかりじゃないのかなと感じています。地域ごとに特色のある品目が作られていて、農園ごとに個性がある。それは人の手が多くを占めているからこそでもあると思います。
一方で、やはり農作業の現場では課題も抱えています。今はこうしているんだけど、ほんとはもっとこうできるといいんだけどね。というお話をお聞きし、私たちの役立てるところはそこだと改めて感じました。現場の課題をお聞きすることで生まれる、より効率よく、より快適に作業ができる機械。機械はあくまで人が扱う道具です。人を減らすための機械ではなく、人を活かすための機械。私はそこで、板橋工機が本当に大切にしたいことを気づかせてもらうことができました。
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苗作りのためのパネルに適切な水分量を加える機械も開発。農家にとって肝となる苗作りを、障がいのある方が扱いやすく行うために設計した装置には、試行錯誤と工夫が詰まっている。

開発には、機械単体ではなくあくまで作業する人とラインの流れを念頭にすることが重要。作業環境や人の導線も、設計のための欠かせない情報となる。


当初開発した回転するブラシに抜き差しすることで効率よく洗浄できるトレー洗い機。現在は、横からスライドする方式でさらに効率性を高めたものを京丸園では使っている。障がいのある方がバランスを崩したときも対応できる安全性を備え、作業者に合わせて角度を変えられるなど、細部に配慮がなされている。
機械メーカーの私たちはどちらかというと、作ったものを押し付けてしまう傾向があります。こういう機械だから、このマニュアルどおりに使ってください、といったことです。でも、農業はそうはいきません。毎日、天候も違えばできるものも少しずつ変わります。そういう現場に技術者が直接向き合い、現場で機能する機械を設計する。こうした課題解決を続けることで、板橋工機のエンジニア達に培われていくノウハウは、代えがたい資産だと思っています。それが、これから先の当社の一層の強みになっていくでしょう。そうした大切さを農業から教えてもらいました。
課題解決のためのノウハウは、農業に限りません。日本を支える多くの中小企業があり、私たちのクライアントさんたちも素晴らしい製品を日々生み出しています。これからは、多様な方が多様な働き方をする社会になるでしょう。そんな中で、働く人それぞれが活きる現場を作りたい。経営には、省力化も必要ですし、合理化も必要です。その上で、人を活かせる機械を、私たちは今後も作り続けていきたいと思います。
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届けた時のお客さまの嬉しそうな顔を見るのが一番の幸せ、とエンジニアの勝又さん。課題と喜びを共有できる社員たちと取り組めることが誇り。
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