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更新日:2013年9月1日

航路と積み荷

世界を旅した帆船

1855年に英国のグラスゴーで建造されたジェームス・ペイトン号は20年間に渡り、世界を航海した木造帆船でした。グラスゴーからゴールドラッシュに涌くオーストラリアへ向かい、オーストラリア国内では主に石炭を運んでいました。その後、モーリシャス諸島、南米チリ、グアム、香港、ペナン島、ギリシャ、ロンドン、インド、台湾、ニューヨークなどに帰港し、世界の旅した帆船だったことが分かりました。

主な寄港地

オーストラリア国内〔メルボルン、シドニーなど〕
オーストラリアを起点とする就航〔モーリシャス諸島、グアム、南米チリ、ニューヨーク、ペナン、ギリシャ、ロンドン、インド、台湾、香港、ニュージーランド、シンガポール、横浜〕
日本を起点とする就航〔横浜、長崎〕

積み荷の内容

麦、雑貨、砂糖、小麦粉、コショウ、石炭、米、乗客

主な航海記録

英国のロイド船級協会の記録では、帰港地として他にロンドン、インドがあります。

1855年10月17日

グラスゴーからメルボルンに到着。

1855年11月10日

ローンセストンからモーリシャス諸島に向け出航。

1855年11月16日

ポート・フィリップからマニラに向け出航。

1856年6月18日

ジェームズ・ペイトン号・ジェームズ・ブラウン船長 グアムへ。

1859年1月

船長アリソン、10月10日、ペナンからコショウを運んだ。
※船長がジェームズ・ブラウンからアリソンへ変わっています。

1864年12月10日

香港へ出航。

1866年5月25日

ジェームズ・ペイトン号、船長アリソン、ニューヨークからグラスゴーに向け航海中。

1867年2月30日

シンガポールからクライドへ出航。

1869年7月19日

トルーン(ジェームズ・ペイトン号が建造されたト造船所)からグラスゴーへ到着。

1872年4月23日

2月19日に台湾を出航しホブソン湾〔オーストラリア〕に到着。

1873年6月16日

横浜から600トンの米。

1873年9月9日

シドニーから横浜へ出航 コッター船長。
船長がこの頃からコッターに変っています。

地図:オーストラリア

地図:世界地図(別ウィンドウが開きます)
※クリックで世界地図を拡大できます。

日本を基点とする航海記録

1873年11月3日

1873年9月10日にシドニーを出航し、横浜へ到着。積荷は石炭。

1873年11月26日

バラストを積み兵庫(神戸)へ出航。
この後、英国へ向かったと思われます。

1874年12月

カーディフ(英国ウェールズの首都)から日本へカール・オブ・デフリンとトーマス・ヒルヤード、ジェームズ・ペイトンが航行中。

1875年3月

カーディフから日本へカール・オブ・デフリン号、ジェームズ・ペイトン号が航行中。

1875年3月27日

カーディフから横浜に到着。一般貨物(雑貨)、ピットマン商会へ。

1875年4月23日

横浜から長崎に出航。バラスト積み。ピットマン商会による。

1875年5月23日

長崎から横浜に到着。積荷は石炭。パシフィック・メール・スチームシップ・カンパニーへ。

1875年6月3日

横浜から長崎に出航。バラスト積み。ピットマン商会による。

1875年7月21日

長崎から横浜に到着。積荷は石炭。パシフィック・メール・スチームシップ・カンパニーへ。

1875年8月8日

横浜から長崎へ出航。バラスト積み。

※ジェームズ・ペイトン号は長崎へ向かう途中、8月9日の深夜に座礁しました。

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