緊急情報

サイト内を検索

ここから本文です。

生き物の心

No.6619
小学校5年生

【ご案内】このページでは、浜松市内の小学5年生の方から「いのちの大切さについて考える」をテーマに募集した作品のうち、公開に同意をいただいたすべての作品を掲載しています。ぜひ他の作品もご覧ください。また、無断転載は固くお断りします。

 私の家では今、ペットを3匹飼っている。もちろん、何も喋れない。だって動物だから。でも、彼らは喋る以外の方法で人と通じ合える。その方法は体全体で表現する行動だ。例えば、亀だと、おなかが空いた時、飼い主によってきてえさを要求する。鳥は、飼い主に甘えたい時、頭を飼い主の方に下げて、なでてほしいとアピールをする。そのほかにも動物は、たくさんの行動をするが、なぜこんな事ができるかというと心があるからだ。確かに人間と動物は、見かけもちがうし、食べる物もちがう。でも、同じ大きさの心を、どの生き物も持っているのだ。生き物って素晴らしい…私はペットが家に来てから、そう感じるようになった。
 ある日、テレビである言葉を耳にした。私はその言葉を聞いたとたん、心の底から怒りが湧いてきた。殺処分――、私が生きてきた中で、一番残酷な言葉を聞いてしまった様な気がした。一応、国語辞典で、その意味を調べてみた。殺は殺すということ。処分は、取りあつかいを決めて始末すること。始末?何で始末?何で動物が殺されてしまうの?そのままテレビを見ていると、その原因が分かった。ペットを捨てるという人間の身勝手な行動に腹が立った。一つの尊い命が人間の行動によって無くなってしまう。このままじゃいけない。私は自分の意志で飼い始めたペットを捨てる人間を許さない。そして、捨てられたペットを殺処分で始末をしてしまうのではなく、愛ごをして新しい飼い主を探してあげるのが人間の在り方だと思う。だって人間には、ほかの生き物には無い、賢い頭があるのだから。今の私には、何ができるのだろう。私は、この頭を使って、じっくりと考えてみる。

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?