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命の選択

No.4550
小学校5年生

 ぼくは、テレビでお腹の中の子にしょうがいがあるかを調べる、出生前しんだんがあることを知った。その出生前しんだんでわかるしょうがいの一例にダウンしょうが挙げられる。出生前しんだんではしょう害をもった子を産むか産まないか選べることができる。
 しかしぼくは、命がこんなにもかん単に選別されていいものなのかと思った。
 しかも、この出生前しんだんでしょう害があるとわかっていて産む人はとても少ない。113人中、3人しかしょう害がある子を産む人はいない。その他の110人は…。
 しょう害を持つ人にだって命はある。ふつうの人の命と重さは変わらない。
 だけど、ぼくだって大きくなって奥さんができて出生前しんだんをして、しょう害がある子供が生まれるかもしれないといわれたとき、産んでほしいか、産んでほしくないか迷ってしまう。しょう来のことを考えると、しょう害を持った子がどれだけこの社会でやっていけるのか不安になってしまう。かといって産まないとかん単に命をすてることになる。これはとてもむずかしい選択だ。しかし、ぼくは調べているときに知った。ダウンしょうの子とその親が、大変なこともあるけどとても幸せにくらしていることを。だからぼくは、出生前しんだんなんてなくていいんじゃないかと思った。自分の子の命を産むか産まないか選たくしなくていいからだ。
 しょう害がある人だって、学校にも行ける。働くこともできる。そして家族をだきしめることもできる。しょう害のある子だってふつうの人と同じことができる。
 だから命を軽がるしく選別しないでほしい。しょう害がある人もふつうの人も命の重さは変わらないからだ。

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