「SDGsは理想論」「どこか説教くさい」──そんな印象を持っている方にこそ、JACKカンパニー代表取締役である山田拓司さんの話を聞いてみてほしいと思います。飲食業を経営する山田さんは、事業の利益を追求しながらも、地産地消や食文化の発信による浜松市の活性化、従業員が誇りを持てる職場環境の整備、循環型の事業への挑戦など、さまざまな取組を実践しています。
JACKカンパニーは「地域に賑わいと繁盛をつくる」ことをパーパスとし、「おいしさで人と人をつなぎ、家族と社会の幸せを実現します」を経営理念に掲げています。こうしたパーパスや経営理念に基づき事業を実践することでSDGsの達成に貢献しています。JACKカンパニーの挑戦から、「企業と地域が共に成長する」ためのヒントが見つけられるのではないでしょうか。
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川廷昌弘さん(以下、川廷):山田さんがSDGsを意識し始めたきっかけを教えてください。
山田拓司さん(以下、山田):最初に知ったのは10年ほど前、ワタミの渡邉美樹さんの経営塾に参加し、「これからの経営にはSDGsが重要になる」という話を聞きました。ただ、当時は深く考えず、行動に移すことはありませんでした。
本格的に意識し始めたのはコロナ禍の時です。飲食業が一時的にストップし、いろいろと勉強をする中でSDGsという言葉を目にすることが多くなりました。ただ、「とってつけたような取組」では意味がなく、組織としてSDGsも考えを根付かせ、経営に結び付けることが重要だと考えるようになりました。
JACKカンパニー代表取締役・山田拓司さん。食を通じ「やらまいか精神」を表現し、地域の活性、グローカリゼーションを意識した持続可能な社会づくりに取り組んでいる。
川廷:例えば、どのような取組をされたのでしょうか?
山田:2年ほど前から、私たちの会社ではクラフトビール「天竜ビール」の醸造をしています。その過程で発生する麦芽かすは、通常であれば廃棄されるのですが、これを放課後等デイサービス「サンスマイル」に送り、障がいのある子どもたちと一緒に堆肥づくりを始めました。
さらに、その堆肥を使ってネギやキャベツを育て、将来的にはお店での利用はもちろん、九条ネギのように地域の特産品として育てていけたらと考えています。農薬を使わずに栽培しているため、思うように育たないこともありますが、試行錯誤を重ねながら、子どもたちの成長を支援するとともに、食品ロス削減を目的とした循環型経済の実践に取り組んでいます。
同社が醸造するクラフト地ビール「天竜ビール ABATEN」の麦芽かすを使った堆肥から、ネギやキャベツ栽培に取り組む。
山田:また、私たちの会社にとって、人手不足は深刻な課題です。他の地方都市と同じように、大学進学や就職をきっかけに若者がどんどん流出し、正社員として働く若者が減っています。そこで、若者にとって魅力的な企業になる必要があると考えました。ちょうどその頃、15年来の友人がインターナルブランディングの仕事をしていたこともあり、彼女の協力を得て、社内から多様なメンバーを選抜した小グループでSDGsを意識した取組を始めました。
川廷:SDGsを「若者に選ばれる企業」作りの手段として活用されたわけですね。ある調査によると、SDGsを知っている人は全体の90%に達しています。しかし、詳しく説明できる人の割合は、10代で約30%、20代で約15%、30代以上は10%未満です。若い世代ほど、SDGsを自分ごととして捉えやすい傾向があります。この結果を踏まえると、若者にSDGsを通じて自社の取組を伝えることは、とてもよい選択と言えます。SDGsを意識した経営をすることで、社内にはどのような変化がありましたか?
山田:まだ大きな変化はありませんが、社員のSDGsに対する理解は深まってきたと思います。例えば、異文化交流の一環として、ベトナム出身の若い人たちと定期的に食事会をしています。会社の魅力が伝われば、友人を連れて食事に来てくれたり、働きたいと思ってくれたりする人が出てくるかもしれません。
国籍・世代を超えたつながり作りとして開催された「ベトナム異文化交流」の様子
また、若い世代に浜松ならではの「やらまいか文化」や起業家精神を伝えたいと考え、25歳以下を対象にした実践型ビジネス塾「JACK大学」を設立しました。ここでは、店舗を活用してマーケティングやブランディングなどを学べる場を提供することで、若い世代が挑戦できる環境を整えるとともに、街の活性化も目指しています。
川廷:若者が減少していく地域社会において、企業が地域や社会に貢献し、郷土愛を持つことが、魅力的な企業作りにつながるのですね。
山田:そうですね。さらに、若い世代に関心を持ってもらうため、高校生や大学生を対象に「やらまいかアワード」という新規事業アイデアのビジネスコンテストを計画しています。アイデアを集めることが目的ではなく、若者たちにJACKカンパニーの存在を知ってもらうことが狙いです。
川廷:とてもよく練られた戦略のアワードなのですね。
山田:はい。若い世代は、次世代のお客さまであり、未来の仲間でもありますから。
川廷:若い世代に来店してもらい、働いてもらうために場や機会を提供する。それは経営者としての考え方でもあるわけですね。
山田:10年ほどかけてしっかり種をまき、育てていきたいと考えています。10年後、私は60歳を超えています。そのとき、この中から次の経営を担う人物が生まれてくれたらうれしいです。
SDGsの第一人者である川廷昌弘さん。『未来をつくる道具 わたしたちのSDGs』などの著書もある。
川廷:浜松だけでなく、ハワイにもお店を展開されていますが、なぜハワイだったのでしょうか?
山田:最初は、ニューヨークに出店したいと考えました。居酒屋業界はどこか軽く見られる傾向があり、居酒屋の店長の地位向上を考えたときに、「ニューヨーク店の居酒屋の店長」であれば、もっと自慢できるのではないかと考えました(笑)
川廷:シンプルで分かりやすい動機ですね(笑)
山田:当時、私は30代前半で、ニューヨークへの出店の話をしていたら、「ハワイにいい物件がある」と紹介され、2016年にホノルルのフードコートに出店することになりました。経営は順調でしたが、コロナ禍の影響で閉店しました。しかし、その後もハワイで物件を探し続け、2023年4月に、ロードサイドの個店をオープンしました。現在は、現地の方々に広く利用されており、2025年5月にもう1店オープンさせる予定です。
川廷:居酒屋の店長としての誇りを守るために、ハワイに出店するという発想はなかなかできるものではありません。
山田:今後、ハワイの店舗はJACK大学で学んだ若者や、20代・30代社員の活躍の場にもなればと考えています。一方で、従業員も年齢を重ねていきます。50代になると「いらっしゃい!」と元気に声を出すのが難しくなる(笑)。うどん屋なら70歳まで働けるのではと、年齢に応じた店舗形態を考えています。
川廷:ライフステージにあわせた働き方を提供するということですね。浜松で長く商売をされていますが、海外進出は簡単ではないと思います。経営のセンスはどのように培われたのでしょうか?
山田:数字も見ますが、最終的に必要なのは経験と勘、あとは失敗ですね(笑)。成功するかどうかは、やってみなければ分かりません。ダメなら撤退すればいいと思います。実際、閉店した店も多くあります。
川廷:20年以上続く居酒屋「濱松たんと」には、どのような特長があるのでしょうか?
山田:「濱松たんと」は、さまざまな文化を取り入れながら遠州地域の魅力を発信することを目的としたお店です。餃子やしらすといった地元の名物や食材を使い、「遠州料理」というコンセプトを作りました。浜松には大手企業も多く、出張帰りのビジネスパーソンが多く訪れます。地元ならではの料理を提供することで喜んでいただけますし、地元の人も友人やお客さまを連れてきやすくなり、結果的にマーケットが広がりました。
川廷:「遠州料理」というキーワードは、郷土愛を育み、地域貢献にもつながる発想ですね。地域経済の活性化のために、地域の食材を積極的に活用することは、SDGsの目標12「つくる責任、つかう責任」にも当てはまります。しかし、SDGsを目的とするのではなく、ビジネスとして自然に取り組んでいる点がとても興味深いです。
山田:15年前の経営ビジョンは「おいしさで人と人をつなぐ」でした。それが少し前に、「遠州人が自慢したくなる店づくり」へと変化し、今は「遠州人が自慢したくなる街づくり」になりました。「街づくり」にまで視野が広がったビジョンを持つことで、企業の行動が一貫し、迷いなく進めるようになりました。
川廷:ビジネスとして始めたことが、結果的に地域経済や雇用につながることを経験されたからこそ、言葉に説得力がありますね。経済の発展は、地域で生きていくためには不可欠です。しかし、単なる利益追求ではなく、まちづくりや地域の幸せを考える経営が、結果的に、企業自身の安定にもつながる。その視点こそが、SDGsの本質だと思います。
川廷:山田さんが事業を始められたのはいつ頃ですか?
山田:29歳のときに起業しました。当時から名刺には「街を元気に」と大きく書いていました。その思いは、今も変わっていません。もともと市場で働いていて、農家の方々と仲良くなり、自ら野菜を仕入れ、料理を作っていました。ちょうどバブル崩壊後で、景気が悪化し、街全体から活気が失われていくのを肌で感じました。その頃から「農家や飲食店を元気にしたい」という気持ちが強くありました。コロナ禍で街から人が消えたときは本当につらかったので、コロナ禍が落ち着いた今、いろいろと行動しているのかもしれません。
川廷:その思いを、ぜひ若い世代にも伝えてほしいと思います。
川廷:SDGsは国連が、「みんなで未来をつくろう」と呼びかけたものですが、山田さんがこれまで取り組んできた、地域の資源を生かし、地域ならではの発展を目指す姿勢。さらに、次世代のために種をまき、人や思いを継承していく取組は、まさにSDGsの精神そのものです。SDGsは次世代のための目標でもあるため、2030年以降のより良い社会を見据え、今の私たちがその基盤を作ることが求められます。山田さんの取組も、SDGsの目標も、その本質は同じだと思います。
山田さんのお話を聞いていると、未来を作り、次の世代へバトンを渡すことが根底にあるからこそ、SDGsの細かな指標をチェックしなくても、その精神を自然に実践されているのですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
山田さんが取り組んできたことは、最初からSDGsを目的にしたわけではなく、経営者として事業を成長させるためのアクションでした。しかし、その結果、地域への貢献や持続可能な社会の実現にもつながっています。「地域に賑わいと繁盛をつくる」などの経営の言葉は、山田さんならではのSDGsの解釈といえるでしょう。ビジネスの成長と地域の発展は、対立するものではなく、むしろ相互に影響し合いながら成長できることを、山田さんの取組が教えてくれます。(川廷)
株式会社JACKカンパニー 2010年10月から「濱松たんと」を出店。遠州料理を通じ、やらまいか精神の浸透を目的とし、出世の盃など、浜松の歴史文化を盛り込んだ「遠州人が自慢したくなるお店」を展開。現在、浜松駅周辺に6店舗、ハワイに1店舗を運営。2023年9月から、地ビール「天竜ビール ABATEN」の醸造を開始。廃棄される麦芽かすを放課後等デイサービスに送り、堆肥作りを実施。発達障がいの子どもたちの育成と食品ロス削減を目的とした循環型経済にも取り組む。 |
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