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更新日:2026年3月18日
| 名称 | 神ヶ谷町西組の引き舞台-附古文書21点 |
|---|---|
| ふりがな | かみがやちょうにしぐみのひきぶたい-つけたりこもんじょ21てん |
| 所在地 | 中央区神ヶ谷町 |
| 認定番号、認定年度 | 浜松市認定文化財760、令和7年度 |
| 種別 | 有形民俗文化財 |
| 草創年代 | 明治30年(1897年) |

推薦団体:神久呂の昔を探る会
明治27-28年(1895-1896)の日清戦争凱旋で、日本中が沸いた気分の中、神ヶ谷村西郷の先人たちも、住民の絆と繁栄を願って屋台を造ることを決めたのだろう・・・。
明治28年5月「引き舞台一棟、桁間一丈・梁間五尺」を代金185円で造ることが記載された文書が存在する。西郷の世話人と和田村永田・堂宮大工の「鈴木儀三郎」(各地の神社や仏閣の建立に関わった)とが交わした引き舞台建造の請負規約証である。鈴木儀三郎は生涯に2台の屋台を建造し、今、浜松市内に現存する1台が神ヶ谷町西組の引き舞台である。
建造期間は、屋台本体に6か月、装飾の彫刻完成までに2年の歳月を費やした。
明治28年当時の請負金額185円は、完成時には210円と超過した。小さな集落での屋台建造は大層な負担で、支払いに古い屋台を売却したお金や「屋台講」を組織した資料も残されている。
彫刻を見ると、前の唐破風と向拝柱に「巻龍」、木鼻は「獅子頭八個」。これらの彫刻には、当時の朱と目の金箔が残り、迫力が際立つ。
後方鬼板懸魚には「牛若丸鞍馬山で剣術稽古」、脇障子は「熊金二渡辺番水中ノ鯉捕」、御簾脇障子には「神功皇后と武内宿禰」、欄間には「粟穂に鶉」、「五枚の七福神」など、武運・五穀豊穣・開運とまさに神懸りの彫刻である。
また箱棟には、氏神の賀久留神社の弥栄と隆盛を願い社紋「丸に二両引き」と八幡神の「相対の鳩」も飾られている。
夜、屋台を彩る前面の丸提灯約80個は、稲作中心の集落でもあり「たわわに実る稲穂」を表現、長三角の独特な配列である。
屋台を飾る天幕は、平成になって京都「川島織物セルコン」に新調された。
令和8年、神西部247戸の住民が使用する、先人たちの思想が込められた「引き舞台」が建造130年を迎える。漆や金箔をあしらった豪華な屋台ではないものの、残されている古文書、飾られている彫刻、お囃子など大勢の人々に関心を持っていただき、次の世代へと伝えていきたい。
今年も、10月第二の土日に、賀久留神社の例祭において、神幸行列の最後部に引き舞台が連なる・・・。
毎年10月第二土曜日、日曜日に催される賀久留神社の例祭の行列の最後尾に連なる引き舞台の1つ。
明治28年(1895年)に和田村永田で堂宮大工の「鈴木儀三郎」棟梁に屋台建造を依頼し、明治30年(1897年)9月に完成。彫刻や舞台構造に、堂宮大工ならではの技が見られる。
修繕は複数回実施(昭和59年、平成元年、平成8年、平成9年)。
毎年10月第二の土曜日、日曜日に、賀久留神社の例祭において見学できます。
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