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更新日:2021年8月16日
市の発展に尽くされた次の12人の皆さん(敬称略)を、平成18年浜松市市勢功労者に決定しました。
(東若林町)
昭和46年初当選以来、5期20年間可美村議会議員を務めるとともに、平成元年には同議長として、可美村と浜松市の合併実現に寄与しました。また、平成3年から連続4期15年余にわたり浜松市議会議員として市政の進展に力を注ぐとともに、12市町村が合併した平成17年には同議長として、議会の体制整備に尽力しました。
(三島町)
昭和62年浜松市議会議員に初当選し、以来連続して5期19年余の間、市民生活の向上に寄与するとともに、平成15年5月には同議長に、平成17年2月には静岡県市議会議長会会長に就任し、地方財政運営における諸問題の解決と行財政基盤の拡充強化に努め、健全な地方自治の発展に寄与しました。
(富塚町)
平成元年、浜松市教育委員会委員に就任、以来同委員長職務代理者、同委員長を歴任し、通算4期16年間にわたり教育行政を推進しました。また、静岡県市町村教育委員会連絡協議会会長及び静岡県都市教育委員長会会長を務め、県下教育委員会の共通課題の集約や相互連携体制の確立に寄与しました。
(和地山二丁目)
昭和54年の浜松市博物館開館時から浜松市博物館協議会委員として、平成11年からは同協議会会長として、魅力ある博物館づくりに寄与しました。また、昭和39年から16年間浜松市史編さん委員、平成8年から約10年間浜松市史編さん執筆委員等を務めるなど、郷土の歴史研究に貢献しました。
(半田山三丁目)
平成8年から8年余、浜松商工会議所副会頭を務め、本市経済の発展に貢献しました。また、財団法人浜松地域テクノポリス推進機構理事長並びに浜松地域知的クラスター本部本部長として産学官の連携体制づくりに取り組むとともに、財団法人浜松国際交流協会理事長として外国人との共生社会づくりに尽力しました。
(中条)
昭和54年10月から26年余、保護司として多くの保護観察対象者を更正に導きました。この間、昭和61年から浜北地区保護司会理事、副会長、会長を歴任し、地域の社会福祉向上に貢献しました。また、静岡県保護司会連合会会長の要職も務め、県内の更生保護思想普及に尽力しました。
(広沢三丁目)
昭和56年12月から20年余の長きにわたり、人権擁護委員として地域住民各層に対し自由人権思想の普及高揚を図り、人権侵害事例の未然防止に貢献しました。また、平成5年4月から6年間浜松市人権擁護委員連絡協議会副会長を務め、本市の社会福祉向上に寄与しました。
(中央二丁目)
昭和47年7月から32年余の長きにわたり民生委員・児童委員を務め、平成13年から3年間は、浜松市民生委員児童委員協議会会長及び静岡県民生委員児童委員協議会副会長の要職に就任し、関係機関との協議や会組織の基盤強化に尽力しました。
(佐浜町)
昭和60年から20年余の長きにわたり、人権擁護委員として市民の基本的人権の擁護に努めました。この間、平成4年には浜松市人権擁護委員連絡協議会副会長、平成5年には同会長を歴任し、平成9年に浜松市が人権モデル地区として指定を受けた際には、浜松市人権モデル地区推進協議会副会長として事業の推進に貢献しました。
(白羽町)
昭和55年6月から浜松市食品衛生協会常任理事、副会長、会長を歴任し、食品衛生思想の普及啓発を通じ安全な飲食物の提供に寄与しました。また、浜松市保健所運営協議会委員、浜松市医療審議会委員などを務めるかたわら、社団法人静岡県食品衛生協会副会長として業界の発展と食品衛生の向上に尽力しました。
(住吉二丁目)
平成2年以来16年間にわたり、社団法人浜松市医師会理事、副会長、会長を務めました。浜松市保健医療審議会会長、浜松市社会福祉審議会副委員長等を歴任し、地域医療基盤の強化をはかる一方、介護保険制度の円滑な制度運営に貢献しました。
(倉松町)
昭和44年、浜松市消防団第19分団に入団、以来36年間にわたり消防活動に精励し、分団長、方面隊長、副団長に就任し、団員の指導育成と組織の充実強化に努めながら、市民の生命財産保護に尽力しました。また、少年消防クラブや婦人防災クラブの結成に力を注ぎ、地域防災活動の推進に寄与しました。
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