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更新日:2023年3月24日
浜松市文化財情報/Vol.55
Vol.55 平成24年8月15日
馬形埴輪
北区都田町にある郷ヶ平3号墳で平成23年(2011)に実施した発掘調査の整理作業がこのたび完了し、出土品に馬形埴輪や、琴を象った埴輪など、貴重な遺物を含むことが判明しました。
馬形埴輪は、鈴を多用した「聞かせる」装飾をまとったもので、静岡県内で完全に復元できる初めての事例です。
琴の埴輪は全長30cmほどの大きさで、全国最大級、県内初の出土例です。
郷ヶ平3号墳は、浜松市北区都田町字郷ヶ平16-2に所在します。
全長22mの小型の前方後円墳で、5世紀の後半(古墳時代中期、1550年前)に築かれました。
平成23年の9月から11月にかけて発掘調査を実施し、重要な出土品の数々が得られました。
古墳の周りには円筒埴輪と呼ばれる筒形の埴輪が立ち並べられていましたが、前方部の一角には、馬形埴輪や琴の埴輪をはじめ、馬子を象った埴輪や、女子埴輪、家形埴輪といった形象埴輪が集中して置かれている様子が判明しました。
こうした形象埴輪は、さまざまな儀式の様子を象ったものと考えられ、古墳時代の儀礼の実態をうかがうことができます。
郷ヶ平3号墳
完全に復元できた馬形埴輪は、全長103cm、高さ70cmの大きさで、頭や胴部をはじめ、足の先や尻尾まで部品がほぼ揃っていました。
随所に鈴を取り付けた馬具を身にまとっており、飾り馬の姿を正確に表現しています。
歩くたびに華麗な鈴の音が響く様子が想像できる逸品です。
いっぽう、琴を象った埴輪は、本来、楽器を弾き鳴らす姿を現した弾琴人物[だんきんじんぶつ]埴輪の部品とみられます。
琴には5本の弦がみられ、琴柱とみられる突起もそなえるなど、非常に写実的に表現されています。
この琴に伴う人物埴輪の本体部分も精巧な作りであったとみてよいでしょう。
郷ヶ平3号墳の弾琴人物埴輪は、同種の埴輪が作られ始めた初期の事例です。
当時の政治の中心であった近畿地方から埴輪の文化が地方に広がる過程を示す具体例として貴重です。
弾琴人物埴輪の琴部分
音楽のまちのルーツともいえる鈴や楽器を象った埴輪群は、浜松市楽器博物館で開催中の特別展「埋もれた楽器たち」で公開中です。
貴重な埴輪たちに、ぜひ、会いに出かけてみてください。
浜松市楽器博物館特別展
「埋[うず]もれた楽器たち~古代への音浪漫~」
弥生・古墳時代の出土品を中心とした出土楽器資料にかかわる特別展
女子埴輪
去る8月4日(土曜日)に西区神原町にある浜松市埋蔵文化財調査事務所にて、「第2回まいぶん祭り」を開催しました。
この「まいぶん祭り」は、市民の方に浜松市埋蔵文化財調査事務所の存在と、普段行っている業務を知っていただく機会を設けることによって、文化財保護の啓発と郷土愛を育む機会につなげることを目的に、昨年度から浜松市埋蔵文化財調査事務所を会場に開催しています。
今年度は、子どもたちが参加しやすいように夏休み期間中に行いました。
今年も、昨年度好評だった「どきどき体験スタンプラリー」(小中学生と保護者向け)を開催しました。
「どきどき体験スタンプラリー」では、小中学生の親子が、スタンプラリーカードを片手に、6つの「どきどき体験」を行いました。
参加者の多くは、初めて参加する方が多く、どの体験も興味をもち、時間を忘れて夢中になって取り組んでいました。
3つ以上の体験をした子には、職員から修了証が渡されました。
猛暑の中にもかかわらず、地元の方をはじめ、市内各地から93名の方に参加していただき、ありがとうございました。
来場者の方からは、「来年も、開催してください」「次回は、いつですか」といったご要望などをいただいています。
第3回の開催に向け、今回の反省を活かして、さらに充実したイベントにしていきたいと考えています。
7月には、こんな調査活動などを行いました。
2日 |
(水曜日) |
東区天龍川町 |
法橋のマツ現状調査 |
---|---|---|---|
3日 |
(火曜日) |
東区笠井町 |
笠井遺跡確認調査 |
4日 |
(水曜日) |
天竜区横川 |
将軍スギ現状調査 |
6日 |
(金曜日) |
中区葵西 |
姫街道の松並木現状調査 |
8日 |
(日曜日) |
浜北区貴布祢 |
遠州大念仏ふじのくに子ども芸術大学講座 |
13日 |
(金曜日) |
南区新貝町 |
庄屋遺跡工事立会 |
17日 |
(月曜日) |
北区細江町 |
本屋敷遺跡工事立会 |
18日 |
(水曜日) |
浜北区根堅 |
岩水寺木造地蔵菩薩立像保存修理立会 |
21日 |
(土曜日) |
南区増楽町 |
親と子のウミガメ教室(第1回) |
25日 |
(水曜日) |
北区引佐町 |
鈴木家住宅現状調査 |
28日 |
(土曜日) |
南区米津町 |
親と子のウミガメ教室(第2回) |
30日 |
(月曜日) |
天竜区春野町 |
高瀬のニッケイ現状調査 |
10月開催【申し込み締切り:9月14日(金曜日)必着】
浜松戦国山城まつりプレイベント
「浜松城と城下をめぐる」講座?
※お申し込み先等詳細は、広報はままつ8月号を参照
(この記事は、浜松市メールマガジンとリンクしています )
室町時代の遠江は越前や尾張も合わせて、足利将軍家の一族にあたる斯波[しば]氏が守護として支配し、駿河は今川氏が支配していました。
今川氏も足利将軍家につらなる有力な氏族で、吉良[きら]氏や斯波氏も血縁です。
尾張を拠点としていた斯波氏は浜松荘の引馬[ひくま]に大河内[おおこうち]氏を配置して守らせていましたが、何度かの抗争を経て駿河の今川氏がこれを破り、遠江も16世紀初めには今川氏の勢力下になりました。
この時、引馬城には今川氏が京都から呼び寄せた飯尾[いのお]氏が配置されて親子3代にわたり城主をつとめます。
このように、戦国時代の浜松は、隣国を拠点とする有力な大名の勢力争いの場となってしまい、地元から台頭する戦国大名は誕生しませんでした。
なお、現在の浜松市域の北半は、甲斐を拠点とする武田氏が勢力範囲としていくように、後年さらに錯綜していきます。
引駒絵図古城
ひくま古城出土品
今川氏の支配も跡継ぎが殺害されるなど必ずしも磐石ではありませんでしたが、有名な今川義元の代に全盛期を迎えます。
駿河府中(静岡市)の今川館には京都からさまざまな文化人も訪れました。
今川氏の配下で引馬城を守っていた飯尾氏のもとにも連歌師や高僧などさまざまな文化人が訪れて、当時のようすを日誌などに書き残しています。
浜松市博物館常設展示室には、引馬城主飯尾乗連[のりつら]・連竜[つらたつ]が向宿受龍庵(現寿量院)に発給した古文書を同寺院からお預かりして陳列しています。
この文書は、浜松市指定文化財です。
「第2回まいぶん祭り」では、多くの方が考古学に興味をもち、実際に遺物が出土した遺跡に行ってみたいという感想をもっていらっしゃることが分かりました。
この夏、まいぶん祭りで配られた「まいぶんガイドブック」を片手に、市内各地の遺跡めぐりを楽しむ親子の考古学ファンが、多く現れるかも・・・!?とひそかに期待しています。
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