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更新日:2013年9月1日

文化財情報vol.36

浜松市文化財情報/Vol.36

浜松市文化財情報

Vol.36 平成23年3月15日

悠久の時間(とき)と圧倒される生命力(いのち)に癒される~春埜杉~


※写真は、所有者と樹木医の立会いのもと、特別に撮影したものです。

空につづく道の果てに・・・

春というのに冬に逆戻りしたように風が冷たい日、春埜山の山頂につづく長く急な道を急ぐ。
途中、特別天然記念物のカモシカの「歓迎」を受け(目が合った途端、逃げられてしまったが・・・)、空につづく道を急ぐ。
徐々に景色が水平になり、標高800mの山頂に着いたことを教えてくれます。
大鳥居をくぐり、春埜山大光寺に到着すると、まず最初に見事な大きさのスギの木が出迎えてくれます。
「これだ!」と一瞬思ってしますが、いえいえ、主はその先100mに。


入口の杉も見事です

誰もが感嘆の声を上げる

参道を進むにつれて空気がさらに凛としてきます。参道にも天にも届きそうなスギの大木が何本も見られます。
どの木も主であってもおかしくないものばかりです。
山門までたどりつき、展望テラスに身を置くと、主は、穏やかに、そして、他のスギとは次元の異なる圧倒的な存在感で、私を待っていてくれました。

主の名は、春埜杉(春野スギ)[静岡県指定天然記念物:昭和27年4月1日指定]。
県内最大級、屋久杉にも匹敵する国内有数のスギの巨樹、高さおよそ48m、根元の周囲およそ13m、枝張りは東西におよそ30m、南北におよそ40mに及びます。
樹齢はおよそ1300年ともいわれ、行基菩薩が大光寺開山の記念に植えたという伝えがあります。
しばしばの落雷にも耐えて斜面にそびえるその雄姿には厳格さが漂い、自然への畏敬の念を感じます。
見た人は、誰もが感嘆の声を上げ、そして声を失い、感動に満たされることでしょう。


天まで届きそうな参道の杉

共存するために

春埜杉は、樹勢について大きな問題点はありませんが、周辺環境の変化に不安がありました。ここ数年、その存在が広く知られるにつれて見学者等が多くなり、急斜面上にある春埜杉の根元周囲に見学者等による踏み道ができ、一部根の露出や損傷が見られるようになりました。
また、地盤の関係で付近の石積階段の安全性にも問題があることがわかりました。
そこで、春埜杉の保全と見学者等の安全性に対する不安を解消するため、山門からの通行を禁止するための柵を設置しました。
また、寺院庫裡の西側から春埜杉を観賞するための展望テラスを新たに設けました。
以前のように、触れられそうな距離から春埜杉を見ることはできなくなりましたが、悠久の時を超えて存在するその姿の前にすれば、あまりに力強いその生命力に誰もが癒されることでしょう。
(春埜杉は、新・浜松の自然100選にも選ばれています。)


山門の柵


展望テラス

文化財日記抄

2月には、こんな調査活動などを行いました。

2日

(水曜日)

東区恒武町
静岡市葵区

恒武(山の花)遺跡群試掘調査
歴史的建造物の保全・活用に関する研修会

3日

(木曜日)

西区坪井町~南区倉松町

海岸駐車場清掃

4日

(金曜日)

北区細江町

川久保遺跡試掘調査

10日

(木曜日)

東区薬新町
天竜区春野町

天竜公民館木船廃寺跡遺物展示[~2月20日]
勝坂神楽伝承状況聞き取り調査

12日

(土曜日)

東区薬新町

天竜公民館講座

16日

(水曜日)

浜北区

第3回文化財保護審議会(文化財調査)

19日

(土曜日)

北区細江町

第1回姫街道の歴史と歩き方講座

20日

(日曜日)

天竜区水窪町

西浦の田楽伝承状況現地確認[~2月21日]

22日

(火曜日)

南区小沢渡町

八幡山遺跡試掘調査

23日

(水曜日)

東区中郡町

橋爪遺跡工事立会

26日

(土曜日)

北区細江町

第2回姫街道の歴史と歩き方講座

28日

(月曜日)

天竜区二俣町

二俣城試掘調査開始[~3月9日]

文化財保護審議会にて文化財調査を行いました

2月16日(水曜日)第3回浜松市文化財保護審議会を開催し、浜北区内指定文化財等の現地確認を行いました。
市指定史跡大平城跡では、参加者全員で登山道を登り、本曲輪や堀切の現況を確認しました。

宮竹野際遺跡の発掘調査が終了しました

2010年7月28日から約7ヶ月間に渡って行われた宮竹野際遺跡(第6次)の発掘調査が2011年3月10日に終了しました。
今回の発掘調査では、掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)1棟と自然河川の跡を確認することができました。
掘立柱建物跡は、8つの柱穴が四角に並んでいました。
2間×2間の規模で、4つ穴には、柱根(ちゅうこん)が良好に残されていました。
また、穴から出土した遺物より、奈良時代の建物であることが分かりました。
自然河川は、時期によって深さや幅が変化していること
が分かりました。
奈良・平安時代の自然河川は、幅5m深さ50cm程の浅い溝状の河川となり、そこに大量の遺物が投棄されていました。
前回までの調査では、自然河川近くに掘立柱建物が数棟確認されており、これらの建物群より、遺物が破棄されたものと考えることができます。
遺物の中には、「北家」と書かれた墨書土器が複数見つかって
いて、施設名との関係を示している可能性があります。
また、発掘調査中、現地説明会(12月19日)が行われました。
現地説明会では、地元の方をはじめ、100名以上の方が参加しました。
説明会において、参加者は、発掘調査で出土した遺物を食い入るように見たり、調査を担当した職員からの説明を熱心に聞いたりして、充実した説明会となりました。
近隣の学校にも、遺跡の見学や発掘体験に参加いただきました。


掘立柱建物跡


現地説明会

<編集後記>

ちょうどこの文化財情報を編集中に、世界最大級のM9.0を記録した東北地方太平洋沖地震が起きました。
何度もテレビに映し出される被災地の惨状には、心が痛みます。
今もなお、必死の救助活動や安否確認等が続いています。
亡くなられた多数の方々のご冥福と、被害に遭われた地域の一刻も早い復旧をお祈りいたします。

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浜松市役所市民部文化財課

〒430-8652 浜松市中区元城町103-2

電話番号:053-457-2466

ファクス番号:053-457-2563

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