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更新日:2016年11月7日
永禄7(1564)年、当時の引間城主、飯尾連龍(つらたつ)が今川から徳川家康に寝返ったことから戦が勃発。今川勢として参戦した井伊家城代・中野直由(なおよし)と新野左馬助親矩(にいのさまのすけちかのり)が討ち死にします。前年、直虎の曾祖父・直平も急死し、家督を継ぐ男子が不在となったことから、女城主・井伊直虎が誕生することになります。
元亀元年(1570)、家康が拠点を岡崎城から移転。引間城を取り込んで浜松城を築城しました。引間城跡は現在、浜松元城町東照宮となっており、出世のパワースポットとして、徳川家康・豊臣秀吉の二公像が設置されています。
二公像の間に立って記念撮影ができる
引間城跡は、浜松城の一部となった後、明治時代になると元城町東照宮が建てられました。本殿は昭和20年の浜松大空襲で焼けてしまい、昭和35年に再建しています。歴史的な価値があることはもちろん、古くから地元の人たちにとって心の拠り所となっている場所です。私も子供の頃、東照宮の周りでよく遊んでいました。これからも街中にある緑豊かな場所として、出世のパワースポットとして、皆さんに愛されて欲しいと思っています。
浜松市浜松城整備専門委員 神谷昌志さん
引間城跡(浜松元城町東照宮)
(広報はままつ2016年11月号)
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