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更新日:2016年7月4日

女城主 井伊直虎 ゆかりの地浜松

直虎物語『第六話 井伊直政の誕生と直親の死』

桶狭間合戦で父の直盛(なおもり)が亡くなり、直虎の悲しみがまだ癒えない永禄4(1561)年2月9日、井伊家待望の男児が生まれます。後の24代井伊家当主の井伊直政(なおまさ)で、幼名を虎松と言います。

この誕生には逸話が残されています。直親(なおちか)夫婦は前年の元旦に龍潭寺へ参詣し、夫婦の間にいまだ男子がないため、観音様に立願し一国一城を持てる器量の男子が誕生するよう、南渓和尚にご祈祷を頼みました。その観音様に怠ることなく熱心にご祈願したところ、同年の5月に懐胎し、翌年2月に虎松が誕生した、と井伊家伝記には記されています。

跡継ぎの虎松が誕生し、直親夫妻の喜びはとても大きなものでした。そして、井伊家嫡子誕生の報告は井伊谷城に伝えられます。朗報を受けた直虎の心境は喜びの中にも複雑な思いがあったと思われます。この男子は本来なら、直虎が産むべき子だったからです。

直盛の死後、今川家と井伊家の関係は次第に冷え冷えとしたものに変わっていきます。義父を失った23代当主の直親は、実父直満が討たれ、自分自身も10年間の逃亡生活を余儀なくされた今川家に対し、怒りを抑え切れなくなってきます。

おりから隣国三河の岡崎では、松平元康(後の徳川家康)が織田信長と手を結び、今川に反旗を翻したという情報が入ります。そこで直親は密かに元康と連絡し、同盟を結びます。これが家老小野但馬(おのたじま)により今川氏真(うじざね)に密告されました。直政誕生の翌年、直親は駿府に呼び出され、道中の掛川城下で朝比奈泰朝(あさひなやすとも)の兵に襲われ、直親をはじめ19人が討ち死にしました。

永禄5(1562)年12月14日のこの悲報は、直虎の元にも届きます。かつて愛した許嫁の無惨な死を知った直虎に、今川家に対する怒りの感情が燃え上がります。

執筆:武藤 全裕(ぜんゆう)さん(龍潭寺前住職)


井伊直親公の墓(北区細江町中川)

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