緊急情報

サイト内を検索
ホーム > 出世の街 浜松 みりょく大集合 > 「女城主 井伊直虎」ゆかりの地 浜松 > 直虎物語 > 直虎物語『第二話 亀之丞(かめのじょう)の井伊谷脱出と直虎の出家』
  • 浜松だいすきネット(別ウィンドウが開きます)
  • イベント情報

ここから本文です。

更新日:2016年7月4日

女城主 井伊直虎 ゆかりの地浜松

直虎物語『第二話 亀之丞(かめのじょう)の井伊谷脱出と直虎の出家』

天文13(1544)年2月23日、亀之丞の父直満(なおみつ)が謀反の疑いで今川義元に討ち取られ、その息子である亀之丞の命も狙われます。直満の家老今村藤七郎(とうしちろう)は亀之丞をかます(むしろの袋)に入れ、井伊領黒田の山中に隠れますが、追っ手は亀之丞の近辺に迫ります。

そこで南渓(なんけい)和尚は弟子である渋川東光院能仲(のうちゅう)和尚と計り、龍潭寺開山黙宗(もくじゅう)禅師が修行された信州市田(長野県高森町)の松源寺へ逃します。今村藤七郎が亀之丞を連れ渋川の坂田峠を超えようとした時、今川の命令でこの街道に常駐していた右近次郎(おこのじろう)に矢を射かけられたと「遠州渋川の歴史」は記しています。


亀之丞が身を潜めた松源(※拝観は行っておらず、非公開です)

 

 

こうした危険な道中を経て、松源寺へたどり着いた亀之丞一行は10年余り、身を潜めていました。この間亀之丞に付き添った今村藤七郎は、旧城東郡(きとうぐん)(現在の菊川市、御前崎市周辺など)の武士で勝間多(かつまた)と名乗った武士であったと「井伊家伝記」(龍潭寺所蔵)は伝えています。12年もただ一人亀之丞を世話をした藤七郎の墓は、龍潭寺にある井伊家の墓所すぐ近くにあり、今でも主君亀之丞をお守りしております。

 


今村藤七郎の墓(龍潭寺内)

さて、この亀之丞井伊谷脱出事件で、直虎は「許嫁(いいなずけ)亀之丞は亡くなってしまった」と思いこみ、深い悲しみに暮れます。そして、直虎は亡き亀之丞の冥福を祈り生涯を送ろうと決心し、南渓和尚にお願いして髪を下ろし出家しました。出家名を次郎法師といいます。

執筆:武藤 全裕(ぜんゆう)さん(龍潭寺前住職)

お問い合わせ

浜松市役所企画調整部広聴広報課

〒430-8652 浜松市中区元城町103-2

電話番号:053-457-2021

ファクス番号:053-457-2028