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更新日:2013年9月1日

なぜ浜松から多くの日本初が誕生したか?

vol.7 2013年01月号 表紙へ

なぜ浜松から多くの日本初が誕生したか?
~上質な技術と高い精神性を融合させたマンパワーの証し~

浜松を中心とする遠州地域は、明治以降、産業が急速に発達し、ピアノ、原動機付自転車、テレビの発祥の地として知られているだけでなく、数多くのナンバーワン製品・技術を世界へ発信しています。県庁所在地でないひとつの地方都市として、これほど大きく発達している地域はとても珍しいこと。浜松地域のパワーの源はどこにあったのでしょうか。

写真:佐々木崇暉(ささきしゅうき)さん

佐々木崇暉(ささきしゅうき)さん
静岡文化芸術大学名誉教授(地域経済論)
長野県出身
浜松市史編さん執筆委員会副委員長
浜松史蹟調査顕彰会専門委員

地域資源を生かした複合的成長

まず、浜松の産業発展の様子を見てみると、外から新産業を移植し、定着させる外来型ではなく、地域に根付いていた地元資源を生かし発展させた、内発型であることが特徴です。例えば、もともと盛んだった綿栽培の活性化を目指し、織機を開発したことで、綿織物の一大産地に。さらに織機技術が二輪車、四輪車の開発へと結びついていったことはご存じの人も多いはずです。また木材に恵まれた地の利と、大工や飾り職人などが持つ高い技術から楽器産業へ発展し、製材分野から木工機械、さらには金属加工へと発展した流れも見逃がせません。
一般的な産業理論では、ひとつの産業寿命は、30年から50年といわれます。しかし浜松は、社会変化に対応しながら、新しい産業へと転身させ、途切れることなく発展し続けてきています。それは、モノづくり地域だったからこそ、単なる知識の蓄積ではなく、親方から弟子へと暗黙知で伝わる現場ならではの伝わり方が、大きな力を発揮したといえるのではないでしょうか。
二つめの特徴として、ひとつの産業が飛び抜けて大きく発展するというより、さまざまな産業が複合的に成長していることもポイントです。繊維、オートバイ、楽器の三大産業を筆頭に、産業用機械やフィルムなど、多種の産業が狭い地域の中で次々に誕生し、それぞれが高い技術を誇っていました。これほど量的にも質的にもバランスのとれた産業構造は、他地域ではあまり見ることはできません。

地域貢献の公助精神

こうした背景には、市民自らの資金ネットワーク構造が大きかったのです。浜松では他の地域とは違い、地元の豪農や豪商が、多くを出資しました。それが多くの産業創出の機会に使われました。そこには、当時、遠州地域に広がっていた、報徳思想の影響が大きかったといえるでしょう。二宮尊徳の報徳思想は、「私利私欲でなく、社会に貢献すれば、いずれ自らに還元される」という考え方。資金を社会のために使い、近代的経済発展をしてこそ、自分たちも幸せになれるという精神は、産業発展時にちょうど合致したといえます。互いに助け合いながら、地域を盛り上げることにまい進したマンパワーが、大きな発展を後押ししたことは間違いないでしょう。
今の時代に何を生み出すことができるのか。これまで培ってきた先人たちの歴史が、現在の私たちに大きなヒントを与えてくれているようです。

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