ホーム > 市政情報 > 広聴・広報 > 広報 > 浜松人の餃子文化

ここから本文です。

更新日:2018年9月6日

浜松人の餃子文化

浜松で暮らす人々はとにかく餃子が大好きで、庶民の食文化に深く根付いているのじゃ。
その背景には何があるのじゃろう?探ってみるのじゃ。

浜松人のソウルフード 浜松餃子の神髄

「東の宇都宮、西の浜松」といわれ、2大消費地域として、今や日本の餃子文化を牽引する存在となった浜松市。浜松餃子を提供するお店は市内で300店舗以上あり、石を投げれば餃子店の看板に当たるのでは、と思うほど。浜松人はとにかく餃子好きである。店に入れば注文し、テイクアウトを買えば家で焼き、昼でも夜でもお祝いの場でも、あきれる程に餃子を食べる。なぜにここまで?
理由は、戦前から育んできた餃子の深い歴史にある。
戦前の浜松には中国人が多く住んでおり、中華料理店では全国に先駆けて焼き餃子が提供されていたといわれている。戦後になると、餃子を出す屋台が多く登場。庶民の味として親しまれ、現在の浜松餃子の基礎が生まれていった。養豚業が盛んな土地だったことから、当時はホルモン焼きと一緒にメニューに並んだようだ。「餃子」と「ホルモン」の身近な関係は今なお続き、浜松餃子の老舗店では、ホルモン焼きも健在だ。

王道の浜松餃子とは

浜松餃子と言えば、グルリと円形に並べて焼き上げ、真ん中に”箸休め”の茹でもやしをそえるのが、ひとつの特徴だといえる。「一度で多くの餃子を焼くためにフライパンを使用した」という戦後からの流れを汲んだ、王道スタイルだ。地元で採れたキャベツなどの野菜を中心に、豚肉でコクを出したあっさり系の餡も欠かせない。ヘルシーな味わいなので、体にやさしく、とめどなく箸がすすむのだ。

食べ比べる魅力 街全体が餃子ミュージアム

浜松餃子の定義となるのは、浜松に3年以上在住した人が、浜松市内でこだわって作っていること。味や形の規定はないため、店独自で工夫した多彩な餃子があふれている。タレやラー油もしかり。戦後の流れを汲んだ王道の味、オリジナリティーを追求し、発展させた進化系の味など、無数のバリエーションを探すのも今や市民の楽しみのひとつとなっている。時代を経て成熟し、進化し続ける浜松餃子。自分好みの餃子を求めて食べ比べをすれば、そのレベルの高さに気付き、さらに魅了されていくだろう。

さすが、餃子の街!驚きのサービス

餃子文化が浸透する浜松には、意外な餃子店が存在する。例えば、まるでファストフード店のような気軽さで利用できるドライブスルーのシステム。お持ち帰り餃子の文化が根付いていること、車社会という地域性もあるが、車に乗ったまま購入できる餃子は全国的にも珍しい。
また、「餃子をたくさん食べたい」という浜松人の心理を突いた、餃子食べ放題のお店もあり、市民の胃を餃子で満たしている。
餃子自体に注目が集まりがちだが、実は餃子周辺に目を向けても”メッカたる所以”が存在している。浜松市内には全国シェアNo.1の餃子製造機械メーカーがあり、優秀な製造マシンを浜松から世界へ送り出しているのだ。
屋台からはじまった庶民の味は、今後もますます発展し、浜松から全国、さらには世界へ通じるブランドへと成り得る可能性を秘めている。

「浜松餃子学会」の活動

「ご当地グルメでまちおこしをしよう」という気運の高まりから、全国各地で、いわゆるB級ご当地グルメが次々と発信されるようになった。活動を盛り上げるのは、地域の有志の存在である。浜松餃子に関して言えば、2005年に設立された「浜松餃子学会」がその役割を担っている。これは、浜松餃子の振興・普及を目的としたボランティア団体であり、「浜松餃子マップ」を発行するなど、市民や観光客へその魅力を伝えてきた。また、全国の有名餃子が集結する食の祭典「浜松餃子まつり」を開催し、餃子文化を盛り立てる活動も行っている。日本全国に点在する餃子愛の強い市町村と連携を組みながら、浜松餃子の枠を超えて、日本の餃子文化を牽引しているのだ。

(浜松市PRブック『HAMA流』第12号(2013年春)より)

このページのよくある質問

よくある質問の一覧を見る

お問い合わせ

浜松市役所企画調整部広聴広報課

〒430-8652 浜松市中区元城町103-2

電話番号:053-457-2021

ファクス番号:053-457-2028

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?