緊急情報

サイト内を検索

ここから本文です。

更新日:2014年10月7日

その2「東西を結ぶ主要道路・東海道と浜松」

古来、江戸と京とを結ぶ最も重要な幹線道路として位置づけられ、多くの人やさまざまな物質、情報や文化などが往来してきた東海道。
浜松には、江戸から数えて29番目の浜松宿と、30番目の舞阪宿の2つの宿場がありました。
特に浜松宿は、実距離では江戸と京のほぼ中間にあたり、東海道で最大規模を誇る宿場でした。
明治以降、東海道の機能と位置は現在の国道1号線に受け継がれ、拡幅工事などにより姿は大きく変わりましたが、現在も生活に欠かせない道路として、毎日多くの人に利用されています。

 

昭和33年ごろの旧東海道(現在の東区薬師町)

 

薬師の松並木。旅人を強い日差しや風雪から守ってきた松並木。現在も、東区薬師町や西区舞阪町などに残され、当時をしのぶことができます。

 

 

大正時代の旧東海道・八丁畷(はっちょうなわて)かつてこのあたりを通る東海道の八丁あまり(およそ900メートル)が田んぼの真ん中のあぜ道だったため、そう呼ばれるようになりました。

 

現在の八丁畷(東区東若林町)

 

復元された舞阪宿の脇本陣(西区舞阪町)本陣とは、宿場で大名や旗本、公家など身分の高い人たちが使用した宿舎。天保年間(1830~1843年)には、6軒もの本陣が浜松宿にありました。また、浜名湖を渡る今切渡しの渡船場があった舞阪宿には、現在、脇本陣(本陣の予備的施設)の建物が復元されています。

 

浜松宿の本陣で最も古い杉浦本陣跡(中区伝馬町)

このページのよくある質問

よくある質問の一覧を見る

お問い合わせ

浜松市役所企画調整部広聴広報課

〒430-8652 浜松市中区元城町103-2

電話番号:053-457-2021

ファクス番号:053-457-2028

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?