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更新日:2017年8月30日

平成27年度「チャット!やらまいか」開催記録4

開催日

平成27年12月18日(金曜日)

グループ名

NPO法人 はままつ子育てネットワークぴっぴ

参加人数

10人

活動紹介

浜松市との協働により生まれた「浜松市子育て情報サイトぴっぴ」の運営をはじめとした情報発信事業のほか、さまざまな事業を実施している。

行政・教育機関・企業・地域と連携することで、より当事者に寄り添った内容を発信し、必要な人に必要な情報やサポートが届くよう、当事者視点での事業運営を第一に考えている。

1.懇談の様子

子育て世代に寄り添った切れ目のない子育て支援施策や、「出世の街」にちなみ、浜松で子育てすることのよさや、子供にも浜松で育つことのよさを感じてもらえるような「出生のまち」の提案など、市と連携した情報発信のあり方について意見交換しました。団体の「出世の街とともに出生のまちをPRしていきたい」との声に、市長は「目指す方向性は違わない。トップとしてそのような発信に努めていきたい」と力強く語りました。

チャット!ぴっぴの模様1

2.自己紹介

参加者:

ぴっぴでは、私は取材ママとして3年程度、関わらせていただいています。子供は小学4年と6年に女の子がいます。活動を始めたきっかけは、高校まで浜松にいて、就職でまた戻って来たんですけど、子育ては30歳くらいからなので、ちょっと間が空いていますが、楽しいまちで、幸せなまちだなと、ほかの県から来たお母さんたちに思ってもらいたいということ、横のつながりも大事にしていきたいなと思い、活動をやり始めました。

参加者:

先月から新メンバーとして入らせていただきました。私は生まれは鳥取市です。東京で就職し、結婚を機に浜松に移住して、浜松で仕事も始めて、浜松は2年目になります。
今まで5つの都や県に住んできたんですけど、先ほどもちょっとお話があったように、浜松は気候も人も朗らかで、仕事も働きやすいですし、子育てもしやすいと思っていて、いろいろこの魅力を発信できたらと思って、先月からぴっぴのメンバーに入らせていただいています。

参加者:

私は小学3年生の息子と幼稚園年中の娘がおりまして、上の子が生まれたときは、まだフルタイムで働いていたので、保育園を利用していました。下の子の出産を機に仕事を辞めることにしたので、そのときに取材ママになって、今、5年目になります。
今は家でちょっと仕事をしながら、子育て中心の生活を送っています。最近、息子が戦国時代ものを好きになりましたので、取材先として、城や、関ヶ原に行ったりとか、ちょっと皆さんのニーズとは離れてきているのかもしれませんが、お出かけが大好きな家族なので、これからも外出時に発信していけたらなと思っています。

参加者:

ぴっぴのスタッフをしています。子供が2歳になるころにぴっぴのことを知りまして、何かできたらなと思って、スタッフに加わりました。
今日は取材ママ5名が来ていますが、その取材ママの連絡係だったり、ちょっとしたサポートをしたりしています。皆さんお子さんを連れながら写真を撮ったり、記事を書いたり、少ない時間の中でいろんな発信をしてくださっています。私自身も参考にしながら、今は小学校3年生と年長の子供がいるんですが、みんなの話を聞きながら、スタッフとしての活動をしています。

参加者:

ぴっぴの副理事長をやっています。名ばかりで、本当に普段は雑用をやっています。それから、みんなができずに残った仕事とかもやっています。
子育て支援をやり始めた理由というのが、今年二十歳になった子供を保育園に入れようと思ったときに、アレルギーがあって、その時代ではアレルギーがあるとみんなと同じものが食べられないということから入れら、認可保育園に入れてもらえなかったんです。
それで仕事を辞めざるを得ないということがあって、これでいいのかなという疑問を抱いたところが、こういうことを始めたきっかけなんです。
今では、個人でお弁当を持って行ってもいいことになったので、ほんとにそのような、一つ一つの当事者の立場に立って、変化していただけるというのがすごいありがたいなと普段感じています。これからもどんどん浜松市も市民の視点でいろいろ進化を遂げてほしいなと、まだまだ伸びしろがいっぱいあるんじゃないかなと思っていますので、とても期待しています。

参加者:

3歳の息子がいます。幼稚園に通い始めました。息子は3歳のやんちゃ盛りですけど、私はこれから劣化の一途で、先ほど、市長さんがすごい筋トレに励んでらっしゃるとお伺いしたので、そういう健康のお話も聞けたらなと思います。

参加者:

取材ママをしています。この子は娘で、今8カ月になります。
子供はもう1人、幼稚園年少の男の子が上にいます。取材ママは、うちの息子が幼稚園に入る前ぐらいに始めたので、1年弱になります。今はこの子を連れて出かけられるので、赤ちゃんとお出かけできる子育て支援の施設を紹介できたらなと思って、なかなか行けないんですけど、行った先でブログを書いています。
この前、子育て支援ひろばに取材に行ったときに、「この前記事見ましたよ。この子はいはいしてましたよね、写真で」と言ってもらえて、実際に見てもらえているんだなというのを感じて、また頑張ろうかなと思っているところです。

参加者:

関西出身ですけれども、浜松に来て、通算10年ぐらいになったので、なんだか居着いてしまいそうな感じです。
ぴっぴのスタッフをしています。いろいろやらせていただいてるんですけれども、中でも子育て教室とかを担当しています。ぴっぴというと、ホームページでの情報発信とか、コミュニティが中心なんですけれども、対面のコミュニケーションの場も大事にしたいということで、その場を共有するということを大切にしています。
子育て教室というと、お風呂の入れ方とか、離乳食の食べさせ方とかをイメージされるかもしれませんが、この団体ではコミュニケーションをすごく大事にしていますので、そのようなテーマでずっと開催しております。

参加者:

ぴっぴのスタッフで、ホームページの運用とかを担当しております。もう10年になるんですけれども、ホームページもいろいろリニューアルをして、進化しています。その中に詰め込む情報も、今来ていただいている取材ママとか、パパ特派員の記事もどんどん増えていますし、浜松市の子育て政策のところ、広場だったりとか、いろいろな政策も増えたり、保育園も毎年のように追加されてというのを増やしながら、だいぶ充実してきてるんだなと。自分の子育ても今、中3と大学生がいるんですけど、そこと連動しながらずっとやってきている中で、この10年でずいぶん浜松市も、いろいろ変わってきたなと感じながら、ホームページを担当しています。

参加者:

浜松にまいりまして、もう17、18年になります。
うちのスタッフは結構よそ者が多くて、よそから見る浜松というのは、すごく大事で、よそ者、若者、馬鹿者っていう言葉が、地域を活性化させるためにと思います。
私はよそ者であり、馬鹿者であります。若者はもう、旬を過ぎてしまったのであれですが、ぜひ、政策、ハード的なことは私たちはできませんけれども、気持ちの上では、市民力という点で一緒に何かできれば、よろしくお願いいたします。

3.意見交換

市長:

市外から来られた方が多いんですね。

参加者:

そうですよね。やはり違和感を感じたりするところから、何か始まるじゃないですか。そういうきっかけって多いと思うんですよね。

参加者:

静岡もそうですけど、人口流出が結構あるというお話の中で、大学は外に出て行ったけれども、浜松がいいから戻って来たという話を聞きました。そういうのがあるといいなと思いますね。

市長:

そうなんですよ。それをこれから増やさないといけません。

参加者:

「出世の街」も実は、キャリアアップというか、出世したいからという意味で取られがちですよね。出世は別にいいから。以上」になってしまう市民も多いので、やはりステージアップという意味で出世というのを捉えるような発信の仕方が、まだ浜松は工夫されていないのかなと思って、その中で、基盤となる子供たちが戻ってこなければ、そういう基盤ができないので、私たちは「出生のまち」をやりたいと思っています。そして、魚のサケのように戻って来るという、そういう政策をやっていただけるとうれしいです。

市長:

また皆さんからもいろいろアイデアをいただきたいと思います。
高校、大学からでは遅いと思うんですよ。もっと小さいころから、浜松のよさをもっと感じてもらえるようなことをやっていかないといけないと思っています。

参加者:

そうですね。人材育成というか、子供たちの教育に、市長は非常に力を入れられていると思うんですけれども、浜松市からは偉人がすごく出ていて、ノーベル賞級の人たちも出ているので、こういう人になりたいというのがあれば、すごく面白いなと思います。

市長:

それから、やはりここは暮らしやすいですからね。外から来た人は、結構そう言っていただける人が多いんですよね。私も東京で長く暮らしていたので、それをもっとどのように訴求させたらいいかなと考えています。

参加者:

私は反対に、大学で外へ出て戻って来たのですが、私の出身の西区雄踏町は、戻る割合が非常に高いんですよ。その上、同居率も高く、土地もあるので、実家の隣に家を建てる方が多くて、子供たちの親世代の同級生が多く集まっているという地域です。

市長:

比較的ここは、Uターン率の高い地域なんです。そのため、20代のいわゆる就職年齢の人たちは、出て行くよりも、入って来るほうが多いです。
今、それが鈍化しているんですけどね。それだけ就職先がいろいろあるものですから、そういった点は恵まれているかなと思います。出て行った人が戻って来たりする場合もあるし、浜松以外の人がヤマハやスズキに就職したりしますので。いったんは東京に行ってもいいですけど、ぜひ戻って来て欲しいですね。

チャット!ぴっぴの模様2

参加者:

副読本「のびゆく浜松」に家康くんを載せるのはどうですか。
小さい頃から浜松はとても良い所なんだということを教育してもらって、ずっと住んでいる人が浜松を、よそに自慢したくなる気持ちを起こして欲しいと思うんですよね。

市長:

そうなんです。今、それをやろうとしています。
おっしゃるとおり、小中学校のときに、いろいろな郷土のことや、ここで暮らしていくことが、とても価値があるということを教えていきたいと思っています。これは、高校や大学では遅いと思っていまして、まさにおっしゃるように、「のびゆく浜松」や、いろいろなものを使って、今後、これをやるように教育委員会に指示しました。

参加者:

それから、親にも知って欲しいと思います。やはり東京とかでは小学校、中学校で、受験が当たり前のようにあるんですけど、そういうものを求めて出て行ってしまう人も結構いるんですよね。なので、親にも浜松で子育てをすると、とても良いことがあるということを知ってほしいと思います。

参加者:

私は父親とおばあちゃんから、浜松は暖かいし、新幹線も通っていて、西に行くのも東に行くにもちょうど真ん中で浜松はとても良いところだよと、小さな頃から言われていました。意識して言ったのかはわからないですけど、大学は東京に出ましたが、Uターンするのは別に言われなくても、すり込みのような感じでした。

市長:

本当にそのとおりで、東京にいなきゃいけないということはほとんどないと思います。基本的な機能は、だいたい浜松でそろっています。浜松は都市的機能はしっかりとある中で、田舎の暮らしができるんです。
東京に行くと、暮らしていくだけでストレスがたまるわけですよ。私は長い間東京の比較的都心に住んでいて、割合便利な生活をしていました。ですから、通勤地獄も味わったこともないですけど、やはり東京に暮らしているというだけで、何となくストレスがあるんですよね。浜松に帰ってくるとそういうものがないんです。
ですから東京にいても、フルに東京の機能を普段どれだけの皆さんが使っているかというと、ほとんど使っていません。むしろ、2時間ぐらいかけて通勤して、不便さだけ享受しています。そのような生活でしたら、地方のほうが便利ですね。
実際に田舎へ行くとなると、これはまた厳しいですけど、浜松が一番良いと思います。必要があれば、1時間半で東京に行けますので。
私は、午後3時、4時から出張することもあります。ここで仕事して、午後3時過ぎの新幹線に乗って行って、向こうで例えば夕方の会議に出て、昔の議員仲間と夕食しても、午後10時に帰って来られます。そうすると午後11時15分に浜松駅に着きますので、11時半には家に着いています。

参加者:

転入ファミリーの交流会というのをやっていて、転入して来た子育て中のファミリーの人たちをよんで年に1、2回ほど交流会をやっています。参加者から出たキーワードで、「浜松はほどよい田舎」と言ってくれたんです。これはとても良い褒め言葉だなと、私の心に刺さっていて、やはりそのような「良さ」をもっとうまく発信していきたいと思います。
そこで、「出生のまち」とそれだけで言ったのでは、なかなか伝わらないから「出世の街」とセットで引っかけてやっています。
おこがましいですが、私たちは、うまくプロデュースしていく一翼を担えたらと思っているんですよ。

市長:

きちんと中身も作らなければというのもありますね。看板倒れにならないようにしないといけません。

参加者:

私は、海外留学をサポートするお仕事をしていますが、浜松の大学生は留学する子が結構たくさんいます。英語も習得して帰って来て、優秀な人材とかいろいろなものがずいぶん広まっていますが、そういう子たちの就職先は意外とまだまだそんなにないのかなと思います。海外からの観光客も増えていると思うんですが、グローバリゼーションの流れの中で、浜松は今後どのようにそのような仕事先を増やすことができますか。

市長:

意外とそういう点では、浜松は、そのような人材が行くところが多くあると思います。例えばヤマハや、スズキのようなところは完全にグローバルですから、語学ができないとだめなんですよね。今は国内で仕事するよりも海外のほうが多いわけですね。このように恵まれた就職先もあります。
昨日、外国人集住都市会議がありまして、もうすでに第二世代と言うんですかね、小さいころ浜松で育ったり、浜松で生まれて浜松で育った日系ブラジル人の子供たちとかがいまして、彼らは日本語、ポルトガル語、英語をペラペラ話すことができます。このような人は意外とまだ数が少ないですので、育てないといけません。
例えば、ブラジルのような海外へ工場を出すとか、向こうに支店を出すとかというので、大活躍をしたり、そのような例も少し出てきています。

参加者:

海外に行くと浜松の人に会ったりするんだそうです。でも静岡の子にはめったに会わないらしいです。静岡の子供とよく比べられてしまうことがあるんですけども、やはり浜松の子は海が近いからなのか、開けているというか、挑戦してみようかな気質があるんだなあって勝手に思っています。ぜひ、そういう若い力を活かしたいと思います。

市長:

しかし、最近、全体としてはなかなか海外へ行く子が少なくなってきています。

参加者:

そう言われていますよね。本当にチャンスさえあれば留学したいと思っている子が結構たくさんいまして、経済的な面とかでもう少し何かサポートしてあげたいなんて思います。やりたい、頑張りたいと思っている子を、経済的な面であきらめさせたくないと思っています。

市長:

昨日もそのような話が出たんですけど、極めて特殊な才能を持っている子供たちを、きちんと就職のマッチングができるような、取り組みをやらないといけないと、私は集住都市会議に出て、ふとそう思いました。

参加者:

浜松から東京とかに出てそこから海外へじゃなくて、浜松から直接海外につながれるような事業や、教育があるといいなと思いますね。

市長:

そうですね。浜松は地方都市ですので、大学が少ないですからね。

参加者:

でも、どうして音大はないんでしょうね。

市長:

今、音大は経営が非常に厳しいです。全体としては溢れていて、今から総合的な音大をつくるのは困難です。デジタルなら大きな設備投資もいらないし、ヤマハ、ローランドがあるので文芸大でデジタルサウンドを使ったクリエイティブな取り組みをやってみたらどうかなと思っています。
皆さん、「初音ミク」を知っていると思います。いろいろな会議に行っても「初音ミク」はみんな知ってるんですよ。外国人にとっても、バーチャル界のアイドルなわけですよね。
このボーカロイドという技術をつくったのはヤマハなんですよね。だけど「初音ミク」を生み出したのは札幌の会社なんですよ。ですから、これは浜松で生み出さなければいけないと思ったときに、そのような技術は山のようにあるのだけれども、それを使ってクリエイティブな仕事をするためのいろいろな訓練の場がないし、企業もないしということで、文芸大でそのような場をつくったらどうだろうかという発想です。

参加者:

ぜひ、雇用の場をたくさん作っていただいきたいですね。

参加者:

もっと個性を伸ばして欲しいですね。、学生さんと触れ合うと思うんですが、いいもの持っているんですよね。

市長:

私もさきほど言ったように、浜松には、ヤマハがあって、カワイがあって、ローランドがあって、電子音楽は、ここが世界の中心みたいなところなんですよね。どうして、文芸大にそのようなものがないんだろうと思います。総合的な音楽大学は作れないとしても、クリエイティブなものや技術を使ってやるような学科をつくってもいいのではないかと思っています。

参加者:

発信するのが下手なのか、「おしとやか」じゃないけど、いいものいっぱい持っているから、もっと自信を持って出てちゃえばいいのにって思うんですよね。それがだから、「出世」というのが、「世に出る」とか、「世に出す」とか、それがもっとうまくなると浜松はすごいと思うんですよね。
この間のシンポジウムでもそういう話が出て、ストーリーが見えてこないという話があったので、やはりそういう部分が欲しいですよね。

参加者:

今、全国でいろいろイメージ戦略とか、ブランド戦略って打ち出して、有名になっている市町村ってあるじゃないですか。 

参加者:

市長は、「出世」というと何をイメージされますか。

市長:

私は、今ここでみなさんが議論されているように、それぞれがステージアップしていくことですね。偉くなることだけが出世じゃないので、「世に出す」というのもそうですし、広い意味での「出世」として「運気のいい街」だというのを出しているんですよ。家康公と秀吉公が2人いたということで、「出世のパワースポット」もそうです。
最近いろいろなところで言うのですけど、こんなに自立的に発展したまちはないわけですからね。政令指定都市というのは全部で20ありますが、15は県庁所在地、県庁所在地ではない政令市は5つしかないですよね。その内の3つは、川崎、堺、相模原のように東京、大阪という巨大都市の近郊都市で、これもどんどん人が流入して、恵まれていますが、そうでない都市は2つしかありません。1つは北九州、もう1つが浜松で両者に共通しているのは産業都市だということなんですね。
ただ北九州は、明治になってから「富国強兵」、「殖産興業」で重工業を盛んにしなければいけないということで、政府がお金を出して官営八幡製鉄所を造ったんですね。今は民間で、新日鉄の前身ですけど、「鉄のまち」として発展してきたわけですよね。
では浜松に官営工場があったかというと、ないわけですよね。ホンダ、スズキ、ヤマハのように小さな町工場が自らの力で頑張って、世界的企業になって、最近だとホトニクスもありますが、産業力で自立的に都市が発展、成長してきたまちは他にないわけです。
それがいわゆる「やらまいか」で、そのようなことをもっと子供たちにも教えていかないといけないと思います。
梶原一明という経済評論家が、あるとき不思議なことに気が付きました。それは、浜松という小さな地方都市に、何でこんなに世界的な企業が生まれたのか。しかもそのような大きな企業だけじゃなくて、中小企業は山のようにあるんですよ。
いろいろ取材して、「やらまいか商法の発想」という名前で本が出ました。今から35年ぐらい前だと思います。やはり外から見てると、結構すごいまちなんですよね。

参加者:

そのような良いものをリメイクして、出していくというのも就職につながると思うし、いい企業に目が向いたりだとか、他の企業の刺激にもなりますね。

参加者:

この間、文芸大で「エンジン01(ゼロワン)」がありました。あのようなイベントをぜひ浜松へどんどん持って来てほしいです。浜松を宣伝する広告を作ろうということをテーマにやってくれたんですけど、意外と浜松って全然知られていませんでした。東京から来た人たちには、餃子とウナギぐらいという感じで言われてしまいましたが、私が作った中で選んでもらったものが、「オタクのまち浜松」というタイトルで書いたポスターなんです。
工場マニアとか、いますよね。工場のライトアップとか見に行く人たちがいたり、家康くんのマニアとかがいたりしても良いだろうし、バイクや乗用車、といろいろありますよね。マニアしかわからない世界なんですけれども、部品パーツ工場があって、そこで分解と組立てができる道場があるとか、例えばヤマハとか、大企業で経験を積んだ方がリタイアされた後に、ちょっとしたマニアックな技やお話を聞けるような、何かそのようなオタク系の屋敷みたいなものがあれば面白いと思います。

参加者:

私も出身は浜松ではなく、京都から来ていて、夫も転勤があるので、ずっと浜松にいることはできないですが、子育ては浜松でさせてもらっていて、やはり子育て支援とかたくさんあったり、市長さんが子育てに力を入れているんだと、夫からは聞いています。
歩いていける範囲の保育園を開放していて、いろいろ相談に乗ってもらえたりとか、子育て支援ひろばに行っても、2人連れて行ったら必ず一人は見てくれる人がいたりとか、すごく助かっています。暮らしやすくていいなあと思っていますのでこれからもよろしくお願いします。

参加者:

私も今、0歳児がいて育休中で、来年4月から仕事に復帰して保育園に預けたいと思っています。保育園を拡充してくださっていて、本当にありがたいなと思っています。
私が今勤めている会社でも、県外から、結婚を機に来た友だちが結構いるんですけど、仕事と家庭と両立していきたいという女性が、私の回りにたくさんいるので、待機児童を解消して働きやすい浜松にできたらなと思います。

参加者:

わたしは娘が2人います。まだ、5歳、9歳で、「私は一生この家で暮らす」と言っています。まだこれから浜松を好きになってもらうために、さっき言っていた、親とかが浜松のどんなところが魅力かというのをきちんと理解して、それをどう子供に伝えていくのかというのは、まだまだこれからの課題だと思います。そういったことを学校だけじゃなくて、家庭でもしっかり伝えて、浜松で仕事をして暮らしたいと思っていけるような環境になるといいなと思っています。産業の中でも活躍できるところを、ぜひいろいろPRして欲しいと思います。
今日は一緒に来てくれている5人の取材ママも、まだ小さなお子さんとかいるんですけど、それぞれに浜松のいいところを、積極的に紹介してくれています。いろいろな市町村がそのようなPRに、現場の声というか、生のお母さんたちの声を上手に伝えていて、浜松も10年前から取材ママを、パパ特派員はまだまだこれから知って欲しいところがたくさんあるので、ぜひ浜松市とも協力して一緒に伝えていきたいと思っています。よろしくお願いします。

参加者:

そのあたり、長泉町がすごくうまくやっているのをご存じですか。ママラッチというものです。私たちのほうが先にそのようなことをやりだしていたので、ちょっと持っていかれた感があります。

参加者:

でも、これを継続してきたというのがすごくいいと思います。なかなかそのようなことを始めても長くやれないところが多く、でも浜松はそれを長く続けられているのは、市長も自信を持っていただきたいと思っています。

市長:

はい、わかりました。私も一生懸命宣伝しないといけないですね。

参加者:

その関係で、私もちょっとお話しします。フィンランドでネウボラというのがありまして、子育て支援を途切れなく支援し続けることが、これからは必要かなと思います。いろいろな支援が充実していますが、それが途切れ途切れで、その場その場、その時その時になってしまうのが残念です。支援はずっと続けて行くというのが大事です。日本だと、赤ちゃんができたかなとすぐに病院に行って検査してもらったりするんですが、ネウボラでは、子供を産んだその後まで、ずっと同じ人が支援をしてくれるんです。
日本だと何か心配があると、「ここに行ってください」で、何かこれまでの経過を全部しゃべらないといけない。また何か違う問題があると、「今度はこっちへ行ってください」と言われて、またそこで全部話さなければいけない。これはすごくストレスもあるし、忙しい人だと諦めたりするんですね。
だけど、ずっと同じように支援してもらえるというのがとても大事で、使いやすくもなるし、介護で地域包括支援センターがありますよね、要するにあれの子育て版なんです。
もうすでに日本でも、文京区、世田谷区とか、和光市、浦安市、秋田市、男鹿市とかでもやっているんですけれども、やはり介護版だけじゃなくて、子育て版の地域包括支援センターということで、自分の住んでる身近なところにそのような支援を受けられ、さらに途切れがなく、ずっと支援してもらえると本当にいいなと思っています。以前市長が何かのお話のときに、浜松市は、一番に何かをやらなきゃいけないなんて言ってない。二番でもいいからいいことがあったらどんどんやれ。と話しているのを耳にしました。
その考え方には賛成で、私たちが「出生のまち浜松」をやりたいなと思っていたのは、途切れない支援を必要な人にしてあげたいからです。ただ今の段階では、まず、浜松は子育てしやすい風土や、いろいろな材料があるということを知ってもらうところから始めています。まだこのネウボラには程遠いんですけれども、医療の人たちは医療だけで支援をするとか、子育て支援の人はその立場で支援するとなりがちですが、そこをもう少し連携して、一人の子供、一組の親子に対してずっと同じように切れ目なく支援してもらえる仕組みづくりをしていきたいということが、本当の「出生のまち浜松」をやりたい理由なんです。
だから、ぜひそれを市長にも理解をしてもらって「出世の街」と「出生のまち」セットでぜひ売り出すのに、協力してもらえたらなと思っています。

参加者:

出世と聞くと女性は引いてしまうところが正直あります。出世と出生をセットだと男女共同というか、みんなのことだなと思えてきますよね。

市長:

元々が、お城がスタートだったんですね。私が市長になってから、とにかく城をもっと観光で活用するように指示しました。しかし土台は昔のままなんですが、あのお城は記録がないんですよね。家康公が、中小企業のころのようなお城なので本当に小さなお城です。
ですから歴史的価値はないし、規模感からも全国にすごいお城は数多くあるので、ハードでは勝負できないと思いました。浜松城は出世城と言われているとのことでしたので、調べてみると、家康公が29歳から45歳まで、一番人生で大事な時期にいて、ここへ来たときにはわずか五万石だったのが、浜松から飛躍して行くときには百万石の大名になっていたんですね。
江戸時代は、浜松の城主を勤めると必ず江戸に戻って老中になったり、寺社奉行になったりと出世したんですよね。それで出世城って名前が付いたんですけど、今で言うと浜松支店長の後は、本社に戻って役員になるようなものですね。
明治以降も世界的な起業家が山のように出てきたわけですから、ここは運気があるまちだということで、「出世の街」というプロモーションを始めたんです。

参加者:

浜松城の石垣にハートの石があるんです。

市長:

はい、知ってます。

参加者:

知ってますか。それを見ると良縁に恵まれるという都市伝説がありますよね。そのようなものがもっとたくさん出てくると楽しくなるじゃないですか。

市長:

そうですね。東照宮も、昔の旧浜松城、引馬城って言ったんですが、正直われわれも知らないぐらいのほとんど忘れられた存在を、磯田さんが復活させたんですね。
あそこは、もともと今川方の飯尾豊前守という方がいたんですけど、家康公が城主になったのはそこの引馬城なんですね。ここの城は後からできたので、飯尾豊前守の家来の松下嘉平というのがいて、秀吉公が一番先に仕官したのは松下嘉平さんなんですね。
その引馬城に奉公していたという記録も磯田さんが調べて、ここは秀吉と家康という2人の天下人を生んだ史上最強のパワースポットだという記事を新聞に書いてくれたんです。それから一躍脚光を浴び出してね。意外とご祈願しにお参りに来るんです。そのようなパワースポットにしようと思っています。

参加者:

「出世の街」が一位になって、市の職員の人とお話をすると、「出世の街」の次は「直虎」みたいなことを聞くと、せっかくこの間シンポジウムでも出た話ですけど、これで認知を全国にしてもらえたので、ここからそれを使ってうまく浜松をアピールすることにつなげていかないと、これまでの家康くんのPRが、残念な感じになるので、その次があったっていいと思いますけど、うまく活用してもらいたいと思います。

市長:

つなげないといけないですね。
井伊直虎は別ものではなくて、井伊直虎が井伊直政を育て上げたということが非常に大事なことで、これが徳川四天王の一人になって、家康の天下取りに非常に貢献したんですね。だから彦根藩の大大名になったわけで、元々彦根は井伊と関係なかったわけですよね。そういう意味で、非常に家康公と縁が深いので、今までやってきたことが無駄にならないようにしないといけません。
以前、あるお坊さんと話していて引佐に、いいお寺がいくつかあるのでそれを全体としてプロモーションしたいという話が雑談でありました。何があるのか聞いたら、方広寺、龍潭寺、摩訶耶寺、大福寺、初山宝林寺と五つあるということでした。すぐに「五山」というのが浮かびました。
鎌倉五山とか京都五山とかありますよね。それで「浜松五山」では芸がないとか、いろいろ話してたときに、湖の北だから「湖北五山」がいいなということになりました。
これが意外と静かなブームで「湖北五山」を巡る旅というのもできています。今までそれぞれバラバラだとほとんど知られてなかったのが、「湖北五山」で一つの観光地になってきたということです。そのうちの一つの龍潭寺が、実は直虎の菩提寺なわけです。つまり直虎の大河ドラマがあることで、「湖北五山」全体を大きくPRできるかもしれないということです。
大河ドラマだけではなくて、女性が活躍したということですから、せっかくのチャンスだと思います。あの当時、女性が家を守り抜いたわけですから、何か使えそうじゃないですか。

4.まとめ

参加者:

皆さん熱く語ってくれたので、今さらですが、浜松は本当にいいところがたくさんあってほかの市町村に全然負けてないと思うんです。劣っているということも全然ないんですけど、ちょっとそこを出していくのが弱いかなと思います。
ぴっぴもいろいろな事業をする中で、情報発信等の役割を担っているんですが、子育ての事業でも同様に、「子育てするなら〇〇市」みたいなところで、結構有名になった市や、そっちが先行してる市があります。「出生のまち」も私たちの提案ではあるんですが、漢字ばかりのネーミングが付いていたりとか、分かりづらい事業名を、もう少し子育て世代がうれしくなるようなネーミングだとか、寄り添ったものにしていくだけでも、浜松は子育てに力入れている感がアピールできるのかなと思います。実質が伴っていくことはもちろんですけれども、イメージを大切にしながら、ぴっぴもその一端を担うつもりで、浜松で子育てすることの良さを伝えていくつもりです。
ここで子育てしてよかった、子供たちもここで生まれてよかった、浜松大好き。と、帰ってきてまた次につながるような「出生のまち浜松」としてPRしていきたいと思います。

市長:

今日は、短い時間ではありましたけれども、さまざまな有益なご意見をいただきまして、ありがとうございました。
こうして皆さんとお話をしますと、目指す方向性はまったく違わないということで大変頼もしく思いました。私どもの足りないところは、いろいろとぴっぴさんに、助けてもらわなければいけないことがたくさんあると思いますが、私どもも、日々進化をしていくべく頑張り、PR下手を払拭して、浜松の存在感をもっと示していかなければいけないと思います。私もトップとしてしっかりそのような発信に努めてまいりたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。本日はありがとうございました。「出生のまち」は早速取り組みをさせていただきます。

チャット!ぴっぴの模様3

 

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