更新日:2015年9月17日
住民監査請求結果(平成27年8月20日) 4
第4 監査の結果
本件措置請求のうち、文化的価値を有した「普通財産」として、施設の利活用促進させるために必要な措置をとることを求める請求については、却下する。
「森岡の家」の建造物群の解体及び樹木群の伐採のための解体工事等の契約締結及びそれに基づく解体工事等の費用の支払中止を求める請求については、違法又は不当とまでの理由がないので棄却する。
1 住民監査請求の制度の対象でないと認め、次のとおり判断する。
文化的価値を有した「普通財産」として、施設の利活用促進させるために必要な措置をとることを求める請求については、住民監査請求の制度の対象となる財務会計上の行為の是正を求めるものではないと考えられることから、監査の対象には当たらないものと判断し却下する。
2 本件措置請求について、その一部について適格性があると認め、次のとおり判断する。
(1) 請求の要旨
森岡の家は、平成20年の耐震調査の結果(倒壊の危険性)を受け、その後見学のみの施設として保存されてきたが、平成25年に施設廃止の方針が確定され、平成26年3月の市議会で施設廃止が議決された。
平成20年の耐震調査は、施設存続を判断する資料としては適切とは言い難い簡略な「一般診断法」のみにより耐震性評価をし、その診断結果にも計算ミスや記載不備が見受けられるなど信憑性を欠くものであった。こうした不備な診断結果を基に不適正な財産価値の評価をされたまま、耐震性の低さや老朽化を強調され、施設廃止もやむなしといった風潮が形成され施設廃止につながった。また、平成27年1月に静岡県建築士会から、その情報の不適切さとともに詳細診断による安全性を確認した旨の指摘を受けた後も、施設存続が見直されていない。
施設の文化的価値についても、平成24年に作成された「旧平野家住宅建造物群調査報告書」や静岡県「ふじのくに文化資源データベース」に登録されているという情報や、寄附を受ける以前は屋敷前面の黒松並木が旧浜北市の「保存樹林」として指定されていたことなどを浜北区協議会や市議会の市民文教委員会において開示しなかったことにより、財産価値の評価に偏りが生じた。
このように、財産としての価値評価に不備があり、違法・不当な森岡の家解体工事を強行し、それに公金を支出することは許されない。
そこで、森岡の家の建造物群の解体および樹木群の伐採のための解体工事等の契約締結及びそれに基づく解体工事等の費用の支払いの中止を求める請求をする。
(2) 判断理由
住民監査請求においては、請求人らが違法・不当と主張する財務会計上の行為について、なぜそれが違法・不当であるのか、その理由あるいは事実を具体的に示さなければならないと解され、違法・不当の理由が単に請求人らの倫理観や一般論等に照らし違法・不当であるとの主張にすぎない場合は、財務会計上の行為を違法・不当とする理由とはならないものである。
本件監査対象事項について、監査及び確認した事実に基づき、次のとおり判断する。
ア 負担付きの寄附の事実について
- (ア) 請求人の主張
請求人は、平成5年の当該施設寄附時の書面に記載された「寄附の理由」や「寄附の条件」に反して、施設廃止及び解体・伐採の予算執行をしようとしていると主張している。
- (イ) 寄附申込書の内容
平成5年8月6日付けで相続人代表より提出のあった寄附申込書には、次のとおり記載されている。
◇寄附の理由
故平野繁太郎生前の意思により、浜北市文化の発展に寄与のため
◇寄附の条件
- 実測・分筆登記等諸費用については、市の負担でお願いしたい。
- 家屋・長屋門・土蔵及び松・イチョウ等大径木並びに竹薮等については、保存していただきたい。
- 家具及び道具類については貴方にて調査願いたい。
- (ウ) 監査委員の判断
自治法第96条第1項では、負担付きの寄附又は贈与を受ける場合は、普通地方公共団体の議会の議決を要する旨を規定している。
ここでいう「負担付きの寄附」とは、当該寄附を受ける際に反対給付的意味において地方公共団体の負担を伴う一定の条件が付せられ、その条件に基づく義務を履行しない場合には、当該寄附が解除されるようなものをいう。
行政実例では、「『負担付きの寄附又は贈与』は、寄附を受け入れる際になんらかの条件が付され、この条件を団体が履行しないときは、その寄附又は贈与の契約が解除され、返還義務を生じるようなものをいうのであるから、たとえば、土地建物の寄附を受けるについて、今後これらの維持管理費が相当必要であり、これらの負担が団体にかかることが予想されるような場合等であつても、負担付寄附ではない(行実 昭25.6.8)。」としている。
本件の場合、平成5年8月6日付け寄附申込書には「寄附の条件」が記載されているが、不履行の場合に返還義務を課すことを規定していない。
さらに、旧浜北市は寄附時において、平成5年10月26日付けの寄附承諾書及び平成6年5月1日決裁の起案文書「森岡の家寄附に伴う行政財産として管理することについて」においても「負担付きの寄附」として扱った記載はなく、議案として上程しておらず、議会の議決もされていない。
こうしたことから、自治法第96条第1項第9号に規定する「負担付きの寄附」には該当しないと判断できる。
なお、寄附を受け、平成6年9月に浜北市森岡の家条例が制定され、同年10月から施設廃止が議決された平成26年3月まで、約20年間にわたり、貸館や見学施設として市民に供用されていた。
イ 耐震診断法に不備があったかについて
- (ア) 請求人の主張
請求人は、施設存続を判断する資料としては適切とは言い難い簡略な「一般診断法」のみによって耐震性評価をし、より詳細な構造分析による耐震診断を行わなかった。また、その一般診断結果自体も有資格者の非明示、計算ミス、記載不備が見受けられ信憑性を欠くものであると主張している。
- (イ) 耐震診断法について
耐震診断とは、建物が地震の揺れにより倒壊する可能性を見極めるための調査である。木造住宅の耐震診断の基準は、「木造住宅の耐震診断と補強方法」(監修:国土交通省住宅局建築指導課、発行:財団法人日本建築防災協会)が広く利用されており、主に建築士が診断を行うことを想定した方法に「一般診断法」、「精密診断法」の2つがある。
「一般診断法」及び「耐震診断法」では、木造住宅が大地震の揺れに対して倒壊する可能性を上部構造評点の結果により、次の表のように判断する。
上部構造評点 |
判定 |
1.5以上 |
倒壊しない |
1.0以上~1.5未満 |
一応倒壊しない |
0.7以上~1.0未満 |
倒壊する可能性がある |
0.7未満 |
倒壊する可能性が高い |
※建物が必要な耐震性能を満たすには、1.0以上である必要がある。
※上部構造評点1.0とは、建築基準法に定められた数百年に一度起こるか起こらないかの震度6強に倒壊しないことが基準となっている。
「一般診断法」は、耐震改修等の必要性の判定を目的としており、必ずしも改修を前提としない診断方法である。
「精密診断法」は、改修の必要性が高いものについて、部材やそれらの接合部等に関するより詳細な調査に基づき、改修の必要性の最終的な判断を行うことを目的とした診断方法である。この精密診断法には4種類あり、その内の一つに限界耐力計算による方法がある。
- (ウ) 監査委員の判断
このように、耐震診断法は大きく分けて2種類あるが、改修を前提にしているのであれば、限界耐力計算法を用いた「精密診断法」もあるが、目的が耐震診断であれば「一般診断法」を用いるのが一般的である。また、本市では、木造公共施設の耐震診断は、この「一般診断法」を用いることを原則としている。
「森岡の家」は、平成20年2月に「一般診断法」により調査を実施し、上部構造評点のうち最小の値は0.07であり、倒壊する可能性が高いという診断結果であった。また、静岡県の判定基準に照らしてもランクIII「倒壊の危険性があり大きな被害を受けることが予想される」という結果であった。
有資格者の非明示については、耐震診断書は、建築士または(財)日本建築防災協会の耐震診断講習会受講者等が作成できることとなっている。森岡の家の耐震診断は一級建築士が行っているため、診断書の講習終了番号欄は記入の必要がなく、記載不備には当らない。なお、県の耐震補強講習会を受講している一級建築士である。
計算ミスについては、各領域の面積の計算方法に一部誤謬があったと請求人に指摘されたため、平成27年7月7日に浜松市財務部公共建築課が再計算をしたところ、Is値は棟全体で0.07が0.06に下がり、西棟(座敷)では0.07が0.04となり、むしろ耐震性能が減少する結果となった。よって、計算の不備による不当な判断には当らないと判断する。
記載不備については、診断プログラムの記入方法の解釈の相違によるものであり、記載不備とまでは当らないと判断される。
こうしたことから、「一般診断法」を用いた耐震診断法の判断は、違法又は不当ではないと認められる。また、診断書の計算方法に一部誤謬が認められるが、それにより大きく耐震性が向上する事実はなく、これらの指摘についてはいずれも信憑性を欠くものではないと判断される。
ウ 財産の有効活用が阻害されたかについて
- (ア) 請求人の主張
請求者は、平成27年1月に静岡県建築士会から、その情報の不適切さとともに詳細判断による安全性を確認した旨の指摘を受けた後も、施設の存続を見直す措置をとらず、財産の有効活用が阻害されたと主張している。
- (イ) 監査委員の判断
施設廃止については、耐震性だけでなく、老朽化、利用状況、地元の意向及び文化的価値などを総合的に判断され、平成25年10月浜北区協議会による現地視察、同年12月浜北区協議会への諮問、平成26年1月答申及び同年3月市民文教委員会において慎重な審議を経て、平成26年3月24日に廃止が議決されている。
したがって、平成27年1月に静岡県建築士会から「森岡の家」施設廃止に関する提案書が提出されたが、耐震診断方法及び診断結果については上記イ(イ)で述べたとおりであり、文化的価値を含め慎重な審議を経て出した判断は、不当な判断とは言えず、施設廃止を見直す措置をとる理由はないと判断される。
エ 財産価値の評価に偏りが生じたかについて
- (ア) 請求人の主張
請求者は、平成24年に作成された「旧平野家住宅建造物群調査報告書」や静岡県「ふじのくに文化資源データベース」に登録されているという情報や、寄附を受ける以前は、屋敷前面の黒松並木が旧浜北市の「保存樹林」として指定されていたことなどを、浜北区協議会や市議会の市民文教委員会において開示しなかったことにより、財産価値の評価に偏りが生じたと主張している。
- (イ) 監査委員の判断
「旧平野家住宅建造物群調査報告書」については、内部資料として作成されたものであり、区協議会の諮問において審議された諮問書の経緯欄には、調査を行ったことについて記載されている。加えて、区協議会の審議において、調査の内容について開示の要求または質問はなかった。
また、静岡県「ふじのくに文化資源データベース」の基準は、県内の国宝や文化財級を登録するものではなく、「食」文化も含めた広範な基準であり、現在2,251件の文化的資源が登録されており、ホームページで広く公開されているものである。
こうしたことから、決定方針に都合の悪い情報開示をしなかったとは言えず、財産価値の評価に偏りが生じたとは認められない。
オ 財産(樹木)の負の評価につながったかについて
- (ア) 請求人の主張
請求者は、平成5年に寄附を受ける以前は、屋敷前面の黒松並木が旧浜北市の「保存樹林」として指定されていたが、その情報を浜北区協議会や市議会の市民文教委員会において開示しなかったばかりか、屋敷林の具体的な樹木調査もしないまま落ち葉・倒木の被害ばかりを強調し、財産の負の評価につながったと主張している。
- (イ) 監査委員の判断
保存樹又は保存樹林とは、都市における美観風致を図るため、「都市の美観風致を維持するための樹木の保存に関する法律」に基づき、都市計画区域内の樹木又は樹木の集団について、市町村長が指定するものである。
ただし、国又は地方公共団体の所有又は管理に係るものに対しては指定できないと規定され、個人所有の樹木が対象である。
平成5年に寄附を受ける以前は、敷地南側のクロマツのみが「保存樹林」に指定されていたが、寄附を受け、市の所有となったことにより対象外となっている。
樹木調査については、平成26年12月に(社)日本樹木医会静岡県支部が主要樹木の現状診断を行った結果、「樹幹の心材腐朽が進行しており、いずれ倒伏や折損に至る可能性がある」、「樹形や重心が偏っているため、台風などによる折損に注意を要する」と指摘されている。
また、高木については、膨大な落ち葉、倒木の危険、野鳥・害虫による被害及び日照の妨害等で、地域住民の忍耐は限界に達していることを理由に「一刻も早く伐採・整地を進めてほしい」との要望書が平成27年1月29日に浜北区貴布祢地区自治連合会から提出されている。
こうしたことから、保存樹林から外れて20年以上が経過していることを改めて市議会等へ説明するものではないとした判断は、不当であるとは認められない。さらに、市民の安全・安心の観点に鑑み、被害を未然に防ぐため、総合的に判断して講じようとする措置は、妥当な判断であり、財産の負の評価につながったとは認められない。
カ 地元住民間での対立を助長したかについて
- (ア) 請求人の主張
請求者は、財産処分(施設廃止)をめぐる市民や地元住民の合意形成過程において不備がある。また、地元住民間での対立を助長したと主張している。
- (イ) 監査委員の判断
浜北区貴布祢地区には4つの自治会とその下に7つの町内会があり、その自治会がまとまり浜北区貴布祢地区自治連合会が組織されている。
地域の内部意思の決定手続きは、地域の代表的組織である自治会を中心に行われており、浜北区は自治会への世帯加入率が97.9%と高く自治会の信頼性も高い。
樹木伐採と整地に関する要望書は、4つの自治会長及び7つの町内会長の連名により提出されたものである。
こうしたことから、この要望書の内容を自治連合会の意思と判断するには、十分なものであるとともに、地元住民の合意形成過程において不備があったとは認められないと判断される。
キ 違法・不当な解体工事の強行による工事契約及び公金支出について
- (ア) 請求人の主張
請求者は、平成26年9月「森岡の家」市民の会、平成27年4月「緑と歴史を守る浜北植木業者の会」及び平成27年6月「森岡の家・利活用推進協議会」による施設保存の要請や利活用の要望等を提出してきたが、平成27年6月、3団体に向け解体執行の最後通告がなされた。浜松市長がこのように違法・不当な森岡の家解体工事を強行し、それに公金を支出することは許されないと主張している。
- (イ) 監査委員の判断
「森岡の家」は、平成25年12月浜北区協議会への諮問、平成26年1月答申を経て、平成26年3月浜松市議会において「浜松市森岡の家条例の廃止について」は原案どおり可決され、同年3月31日付けで廃止された。
解体予算については、平成27年3月17日浜松市議会第44号議案「平成27年度浜松市一般会計予算」として原案どおり可決されている。
こうしたことから、この議決により、浜松市長は予算を適正に執行すべき責務を負うものであり、また、法令、条例等の定めるところにより手続きが行われていることから、解体工事を執行しようとすることは、違法性・不当性があるとは認められない。
ク 自治体の損害について
- (ア) 請求人の主張
請求者は、「森岡の家」は浜松市民にとってもかけがえのない文化的資源で、将来の観光資源ともなりうる貴重な財産である。その解体処分は、自治体にとって取り返しのつかない財産の損失となると主張している。
- (イ) 監査委員の判断
「森岡の家」の維持管理費用は、平成21年度以降、指定管理料は年間1,759,000円であった。加えて、施設を安全・安心に保存活用していくには多大な改修・管理費用を要することが想定される。また、来場者数も年間300人程度であり、その費用対効果においても懸念されるところである。
文化的価値については、明治22年に建造された建物で、遠州地方の近代化に多大な貢献をした偉人の旧屋敷であることから貴重な施設ではあるが、市の評価としては、玄関など改変・規模縮小が見られ、長屋門は江戸時代の建築の可能性もあるが、出自が不明であり、指定文化財とする水準にまでは達していないと判断をしてきた。
また、樹木についても、市内で文化財(天然記念物)に指定されている同種の樹木と比較して、その水準に達するものではないと判断されてきた。加えて、倒木や落ち葉の被害により近隣住民の住環境の悪化を招いてきた。
「森岡の家」は、文化財保護法(昭和25年法律第214号)、静岡県文化財保護条例(昭和36年静岡県条例第23号)及び浜松市文化財保護条例(昭和52年浜松市条例第28号)により指定や登録をされた文化財ではない。
さらには、施設解体後においては、近隣住民の住環境の悪化が解消されることはもとより、恒常的に不足していた浜北文化センターの駐車場とするなど、市民に広く活用されていくことが期待できる。
こうしたことから、解体処分は総合的に判断されたものであり、市にとって取り返しのつかない財産の損失になるとは認められない。
3 結論
以上述べたとおり、本件措置請求のうち監査対象事項とした部分については、いずれも理由がないと認められるので、請求を棄却する。
前ページへ
監査のトップに戻る