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更新日:2019年3月31日

棚田を守る人

「僕たちは、自然のサイクルに合わせて生きるしかないですからね」(PDF:236KB)

日本の美、棚田を訪ねて

棚田は美しい。棚田と聞いて、ある人は月夜に照らされた鏡田を思い浮かべるかもしれない。また、ある人は黄金色に輝く実りの秋の風景を連想するかもしれない。棚田はさまざまな表情を持つ。その一つ一つが、日本の美を象徴する風景だ。そして、天竜区にも誇るべき棚田がある。先人たちが今に残してくれた大切な財産だ。

5月の終わり、今年の田植えの日取りを知らせるEメールをもらった。棚田のある生活とはどんなものなのだろうか、棚田を育てている人はどんな生き方をしているのだろうか。メールを読み終えて、私はしばらく初夏の棚田の風景に思いを巡らせた。直接、そんな質問を率直にぶつけてみたいと考えながら。

6月の半ば、朝早くから、天竜区大栗安の本村地区にある集会所前には50人ほどの人が集まっていた。毎年、都市部などから人を募って棚田の田植えを行っている。参加者は子どもから年配の人までさまざま。今年は、市内中心部にある大学の学生たちの顔もある。この会を主催するのは大栗安棚田倶楽部。十数年前に集落の全世帯によって結成し、地域の宝である棚田を住民自らの手で守る活動を続けてきた。

この日の天気は梅雨明けのような快晴。梅雨入りは発表されていたが、それ以降まとまった雨は降っていない。標高およそ450メートルに位置する大栗安の棚田にとっては雨が命だ。ある地元の人は「山間部は、梅雨を相手に仕事しているんだよ」といった。その言葉どおり、本来、水が満遍なく行き渡るべきこの時期に、いくつかの田んぼは干上がったままの状態になっていた。「仕方ない。僕たちは、自然のサイクルに合わせて生きるしかないですからね」と話してくれたのは棚田倶楽部の代表、鈴木さんだ。

暮らしとともにある棚田

鈴木さんは、棚田での米作りをはじめ、しいたけ栽培、茶業、林業などを生業としている。その一年は、まさに自然のサイクルとともにある。例えば5月からの茶摘みシーズンが終わる頃、季節は梅雨に入り、棚田の田植えの時期を迎える。農閑期となる冬には山に入り、間伐など木の手入れを行う傍ら、しいたけの栽培を手掛ける。その間には、田んぼの畦の補修や茶畑の管理などやるべきことは尽きない。一年間を通して暇になる時期などないという。

鈴木さんに棚田と共にある生活について真っ先に質問すると「そうですね。いい面も悪い面もありますよ」と答えが返ってきた。「見てのとおり、この風景はどこにでもあるものじゃないですよね。田植えの後も素晴らしいし、見渡す限り黄金色の風景が広がる秋もいい。秋は刈り終えた稲がそれぞれの家の前で干される・はざかけ・も風物詩。冬は雪が降れば幻想的な景色に変わる。四季折々でさまざまな顔を見せてくれます」と続けた。この地に住んで26年になる鈴木さんにとって、棚田は遺跡に匹敵する文化遺産であるという。しかし、一方で「代々受け継がれてきたこの風景を守ることは容易なことではない」とも。「現在、この集落には11世帯を残すのみ。高齢化も進んでいます。棚田での作業は、機械化が難しく手作業がほとんど。重労働であるにもかかわらず収益性は決して高くない。苦労が多いんです」。そう語る表情からその切実さが伝わってくる。「山の暮らしは楽じゃない。でもね、自給自足ができる。毎年思うんですよ。あぁ、今年もまた何とか食えたなってね」。そういうと先ほどまでの真剣な表情がやっと少し和らいだ。

ここで生きるというプライド

「こうやって都会の人と一緒に汗を流すのは、大栗安のことを多くの人に知ってもらいたいという思いもあるんです。それに僕たちだって、未来に夢や希望を持ちたい」。慣れない足場での作業に悪戦苦闘しながらも、手植えでの田植えに奮闘するボランティアの人たちに目を遣りながら、鈴木さんはそう話してくれた。「田植えは初めて」とはりきっていた大学生たちは、これまで触れたこともないであろう田んぼの泥の中で生き生きとした顔をしている。田植えに飽きた子どもたちは、虫取り網と虫かごを持って迷路のように入り組んだ棚田の畦を駆け回っていた。生き物たちの宝庫でもある大栗安の棚田。目の前で映画のワンシーンのような時間が流れる。「インターネットでは、どうしても伝わらない魅力があるんですよ。泥が足の指を通るヌメッとした感覚なんて、実際体験してみないとね」鈴木さんは笑いながら言った。

棚田は美しい。美しいものには必ず理由があるが、大栗安の棚田の美しさは、それを守る人たちの日々の苦労とその苦労に勝るプライドが支えている。「やれるうちは、手がかかっても今のやり方を続ける。棚田はもちろん、先人たちの知恵も大切にしたい」というのが鈴木さんのプライドだ。秋に収穫された米は「棚田米」というブランド米として地元の米屋で販売される。「お茶にしても、米にしても、ありがたいことに高い評価をいただいている」と鈴木さん。「皆さんの評価がここで生きる支えになっている」と付け加えてくれた。「すべては、きれいな水と澄んだ空気という自然の恵みのおかげ」という言葉が、自然に対して謙虚でありたいという鈴木さんの生きる姿勢を示していた。

別れ際、鈴木さんは「大栗安って、面白いところでしょう」と笑顔で尋ねてきた。私は、大きくうなずいて秋の稲刈りの時期に改めてこの地を訪ねることを約束した。

大栗安、棚田、そして、そこに住む人たち。どれも確かに面白い。

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