中村家住宅
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中村家住宅 なかむらけじゅうたく (浜松市西区雄踏町宇布見) 昭和48年6月2日 国指定重要文化財
中村家の歴史 中村家の初代中村正範は源範頼の末裔の武士で大和国広瀬郡中村郷に住んでいました。文明13年(1481)には、14代正實が今川氏に招かれ、遠江国磐田郡大橋郷に領地を賜り、その後、敷知郡和田、平松、宇布見、山崎、大白須の五か荘が与えられ、文明15年(1483)に宇布見に屋敷を構えました。16世紀の今川氏の時代には、同氏の家臣で代官を勤め、浜名湖の軍船を支配しています。 永禄11年(1568)に徳川家康が遠江に入国した時、18代正吉は船を出して迎えるなどの御用を果たし、徳川氏に仕え今切軍船兵糧奉行や代官を勤めました。こうした関係から天正2年(1574)2月8日に徳川家康の側室お万の方が家康の第二子である於義丸(後の結城秀康)を当屋敷で出産し、その時の胞衣(後産)を埋めた胞衣塚が現存しています。
建築年次 貞享(じょうきょう)5年(1688) 建物は18世紀中頃の建物とみられていました。しかし、貞享5年(1688)の銘がある鬼瓦が主屋に保管されていて、棟に上がっていた鳥衾(とりぶすま)と取合いが一致しました。このことから、貞享の時代にほぼ完成していたと考えられます。また、解体中に正徳2年(1712)の墨書、享保6年(1721)の木札が見つかりました。しかし、これらは後に設置されたものと考えられました。 中村家古文書(御目見控帳・冊十一)から、寛政4年(1792)には棟が瓦葺きであったことが確認できます。 文政8年(1825)の「御朱印御徐地社中并居宅等坪数御取扱之次第書上帳」からは、貞享5年(1688)より8年前の延宝8年(1680)に浜松城主から「中納言秀康様御誕生之御間御修復并居宅向等御手入被仰」したことがわかりその費用として、金百両、米五十俵が下されています。
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