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更新日:2017年3月31日

市場の概要

開設の意義

(1)中央卸売市場とは

私達の食生活に欠かすことのできない生鮮食料品等の流通及び消費のパイプ役として、特に重要な都市及びその周辺地域における卸売市場の中核拠点市場として、また、広域にわたり、これらの流通改善を図るため、農林水産大臣の認可を受け開設するものです。

もとより生鮮食料品等は他の一般商品と異なり、鮮度が落ちやすく長期にわたる保管が難しいものです。一方、需要の面からすれば比較的一定化している需要に対し、生産面では天候、作柄等自然的状況による変動があり、生産と消費の調和が難しい面をもっており、とかく無用の競争、不公平な取引きになり易く、価格形成に大きな影響を与えるばかりでなく、非衛生的な取扱いを受けるおそれがあり、社会的にも極めて大きな問題となります。

こうしたことから公共的使命により卸売市場法が制定され、法による取り扱いルールが確立され、これによる公正で衛生的な商品取引の場として、食生活の安定向上のため全国の拠点都市において公共施設として開設しています。

(2)市場のおいたち

本市は徳川家康出世ゆかりの地として名を馳せ、明治44年の市制施行以来、温暖な気候と自然の恵み、東海道のほぼ中心に位置する立地にも恵まれ、従来からの織物、楽器産業に加え、オートバイや軽自動車、光応用技術に代表される新興産業の発展をみました。また、最近では、国際コンベンションシティ構想、音楽文化都市構想、さらには花のまち浜松構想、クラスター型政令指定都市構想等さまざまなプロジェクトに取り組むかたわら、高齢社会への対応、国際化に適応するまちづくりに努め、現在1,511.2平方キロメートルの市域と81万人の人口を有し、「技術と文化の世界都市・浜松」の実現のため、ゆるぎない発展に努めています。

このような市勢のなかにあって、必然的に市民の食生活に欠かすことのできない生鮮食料品等の需要の安定と円滑を図るべき市場機能も時代のすう勢とともに移り変わってきています。

本市における市場のおいたちは、青果市場については、市場的兆候が慶応以前に既にあったといわれ、その後、木戸町付近の東海道筋、社寺境内等での路傍取引が行われていたといわれます。しかしながら、荷物の受け渡し、代金決済の円滑化のため、固定的な場所が求められるようになり、明治35年八百屋と生産者の手により馬込橋左岸に初めて固定市場が成立し、青果市場の礎ができました。

一方、魚市場は徳川家康が浜松城在城の頃、市内中央部の肴町に魚河岸が設けられ、魚屋を営業していましたが、商いの隆盛とともに市場機能が求められ、明治14年株式会社組織による委託販売が開始されています。

このような自然発生的な要因、あるいは城下町としての藩の保護により栄えてきたそれぞれの市場は経済流通の変遷に伴い、進展の一途を遂げてきましたが、第2次世界大戦に始まる戦時中の経済統制による統合廃止の強制、また、終戦直後の配給制の履行等、市場機能の変形を余儀なくされた時代もありました。

この混乱期を脱皮し、社会経済の安定とともに、本来の市場機能も復元され、経営、設備の近代化を目途とした発展的整理統合が図られ、市内には青果5卸売市場、水産物3卸売市場が整備され、需給を満たしてきました。しかし、近年生鮮食料品に対する生産面での出荷組織の大型化、専門化の進捗による、安定販路の確保、また、消費面での食生活の多様化、高度化、さらにはこれらの輸送をとりもつ交通機関の発達等、生鮮食料品等の流通をめぐる諸条件の急速な変化に対応し、また、市勢の将来の発展の基本方向を勘案し、中央卸売市場化の気運が高まり、静岡県西部地域の中核拠点市場として開設いたしました。

 

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お問い合わせ

浜松市役所産業部中央卸売市場

〒435-0023 浜松市南区新貝町239-1

電話番号:053-427-7401

ファクス番号:053-427-7404

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