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浜松市蜆塚遺跡の調査履歴

(調査の歴史)
1713年 (正徳3年)国学者杉浦国頭が、著書『曳馬拾遺』に「蜆塚という場所で土を掘るとシジミの貝殻ばかり出て不思議だ」と記す。
1839年 (天保10年)入野村の竹村広蔭が、著書『変化抄』に「蜆塚の貝殻を畑の肥料として掘り出すことがさかんになり貝の山が失われた。地名の由来なので庄屋が運び出しをやめるよう願い出た」と記す。
1877年 (明治10年)東京大学のエドワード・モースが東京都大森貝塚で、日本で初めての縄文時代貝塚発掘調査をする。
1889年 (明治22年)東京理科大学人類学教室の若林勝邦が蜆塚遺跡で土器や石器を採集し、学会に報告。
1891年 土屋彦六が『東京人類学雑誌』で蜆塚遺跡採集品を報告。
1895年 足立文太郎が、蜆塚遺跡で土器や石器とともに、貝塚から人骨を発見し貝塚内に当時の墓地があることを報告する。
1915年 (大正4年)本山彦一がイノシシやシカの骨を採集し、当時は、森がひろがり、また入り江が近くにあった環境を想定する。
1920年 京都大学考古学研究室の榊原政職が貝塚の一部を発掘。石積みの下から女性の屈葬人骨を発見する。
1922年 京都大学の清野謙次・浜田耕作らが貝塚の一部を発掘。人骨2体と土器などを発見。縄文時代後期のものと発表。
1930年 (昭和5年)早稲田大学の松本吉治が『史前学雑誌』に、蜆塚貝塚の獣骨や貝の種類と比率を発表。
1930年 『静岡県史』が刊行され、蜆塚貝塚の調査成果も掲載。
1954年 静岡大学教育学部浜松教場が蜆塚遺跡の一部を発掘し、貝塚が良好に保存されていることがわかる。この発掘を契機として「蜆塚遺跡保存会」が結成され、学術的な発掘の機運が高まる。
1955年 浜松市による蜆塚遺跡の発掘調査が開始される。全国の学者や市内の学生体が参加した本格的な調査。以後第四次調査までつづく。
1958年 浜松城天守閣が再建され、浜松市立郷土博物館が開館
1959年 蜆塚遺跡が、国指定史跡となる。
1960年 蜆塚遺跡見学のための整備、保存施設が完成する。
1960年 蜆塚遺跡出土品収蔵庫が完成し、一般に公開される。
1960年 浜松市立郷土博物館が、静岡県登録博物館第2号となる。
1964年 蜆塚遺跡に陳列館が完成し、郷土博物館蜆塚分館とする。
1975年 伊場遺跡資料館開館、郷土博物館伊場分館とする。
1979年 浜松市博物館が開館する。
1980年 旧高山家住宅を蜆塚公園に移築、公開する。
1981年 園路建設にともなう蜆塚遺跡一部発掘調査。
1982年 貝塚の東限を確認するための一部発掘調査。
2004年 公園駐車場の再整備、遺跡有無の確認。

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